恒川光太郎

夜市 (角川ホラー文庫)
日本ホラー小説大賞受賞のデビュー作、怖いというよりは不思議で不気味な読み味はこの頃から変わらないのね。面白かったけど、やはり先に読んだ近作の方が読み応えがある。「夜市」は後半やや駆け足に感じて勿体なかった。おっと思わせる転回なんだけど、早足のせいで設定をそのまま読んでる気分になっちゃった。そのあたり「風の古道」の方がまとまってて好き。辛口感想になるのは作家への信頼の裏返しです。処女作が話題になると後発作が奮わない作家がままいるなか、恒川さんはそうでないことがわかって安心しました。未読の山が嬉しい限り。

秋の牢獄
数年ぶりに作家読みを確信する出会いでした。ホラーではなく怪談とも違う、懐かしの分類でいえば幻想小説に近い読み味。少し不気味で何か奇妙、その違和感を静かに楽しませてくれる文章の確かさ。もうひとくさり欲しいところで物語を閉じる匙加減、読後のふしぎな爽やかさ。主人公たちの境遇を薄ら寒く感じる横で、同時に憧れ羨ましくもあるおもしろさ。3本の中編どれも甲乙つけがたい秀作だけど、「神家没落」のさまよえるマヨイガには魅了された。千冊の本を携えて移り住みたい。

雷の季節の終わりに (角川ホラー文庫)
風わいわい、妖怪とも精霊ともつかないこの名前に一目惚れした。春一番が吹く前のこの時期、因習深いかくれ里<穏>は雷と強風に閉ざされる。雨戸を立てた家から消えた人間は二度と戻らない。無人の墓町、幻の天上家、闇番、鬼衆、下界への門。座敷童のようなものを想像していた風わいわいは実際には全く違い、正直少し残念だったけど、体の中を強風が吹き抜けていくような独特の読後感はやはりこの不思議な鳥のしわざだと思う。長年のファンの癖で、ついBUMPOFCHICKENの星の鳥を連想してしまったのはご愛嬌ということで。。

草祭 (新潮文庫)
この世界のひとつ奥にある町、美奥にまつわる5つの掌編。ひとりの少年の闇と孤独と切なる願いが、昔、ひとつの奇跡を生んだ。それは呪いでもあり祝福でもある。脱皮や羽化などの変態はその生き物にとって生死をかけた大事業なのだと昔どこかで読んだことがあるが、その前後で意識は、魂は繋がっているのだろうか。繋がっているとして、それはどうすれば確かめられるのだろう。彼は狂っていたのかもしれないが、狂気よりも先に野があり山があり花があった。因果の因をはてしなく辿っても、あるのは風吹き抜ける風景だけだ。

南の子供が夜いくところ (角川ホラー文庫)
冊を重ねるごとに深く魅了されていく恒川世界、本作は日本から遠く離れた南洋の島、トロンバス島をめぐる短編集。人も獣も植物もみな生まれ育ち死んで朽ちるそのサイクルがはやい南の島、命の濃度が高いそこでは死から生への移り変わりが姿と声を持ち、悪夢と現実の境が曖昧になるのかもしれない。ホラー文庫なんて読者を選ぶレーベルから出ていることがとても惜しい。とはいえファンタジーとも言い難い、強いていうならこれはダークメルヘンとでも。「まどろみのティユルさん」がお気に入りです。「紫焔樹の島」のトイトイ様はトトロみたい。

金色の獣、彼方に向かう (双葉文庫)
ダークファンタジーとの触れ込みだけど、読み味はややホラー寄り。窮奇や雷獣と呼ばれる神がかった獣とその使いの鼬が鍵になる、時代を越えた4つの物語。文章それ自体は淡白なのに、この世ならざる妖しいものを描く時の妙な説得力は何なのか。印象的だったのは、元寇を元の諜報部隊の視点から描いた「異神千夜」。言葉の通じない異国の神の得体の知れない気味の悪さと、亡国の巫女の男を狂わす美しさが読後長く尾を引いた。エログロ伝奇小説のような雰囲気が素敵。窮奇といえば中国神話に出てくる神獣だけど、本作のものはだいぶイメージが違う。

竜が最後に帰る場所 (講談社文庫)
こんなに平易な、これといって特徴もない文章で、ここまで豊かな物語世界を描いてみせる作者の手腕に、今回もため息を吐きながら本を閉じた。冬の間だけ現れ、世界の周縁を旅する「夜行の冬」。雪の白、女の赤、錫の音に覚えるふしぎな郷愁と、最後すべてが腑に落ちたあと覚えるやるせなさ。けれどやはり「ゴロンド」が連れ出してくれる、天然世界の途方もない拡がりには敵わない。幾百という世代をかけて、顔も知らない子孫の誰かが辿り着く故郷。そこに舞い降りたとき、彼の血や細胞に潜んで共に旅をした、夥しい竜の歓喜に震える姿が見えるよう。

ゆうれいのまち (怪談えほん4)
最近大注目の作家、恒川光太郎。絵本になってもその飄々とした爽やかな薄気味悪さは変わらない。思い出したのは、ラルラルラルラ…という意味不明の繰り返しが印象的な入澤康夫の詩「ユウレイノウタ」、そして口にすると現し世へ戻れなくなるという黄泉の食べ物ヨモツヘグリ。輪廻ならいつか解脱が叶うとしても、平行世界の場合はどうなのだろう。すでにあちら側の食べ物を口にし、成長して大人になってしまった彼はもう、元の世界へは帰れまい。愛する子供のすべてを食らってしまわなければ気のすまない母性の暗部、その始まりが恐ろしかった。

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