3月に読んだ本

3月の読書メーター
読んだ本の数:14
読んだページ数:2143
ナイス数:514

ツクヨミ 秘された神ツクヨミ 秘された神感想
ツクヨミの不在は、記紀を読む人なら誰もが一度は疑問を持つ点だろう。連想するのは河合隼雄のいう中空均衡構造だが、成程と思いはしても物足りなさを覚えたのは、それがツクヨミ自身を語る言葉ではなかったから。その点、神宮の祭神や三種の神器との対応などから論考を進めていく本書は、飛躍も少なくすんなりと整合していて、かえって身構えてしまうほど面白い。文章も平易で敷居の低い良書だと感じたが、神器の形代を単にレプリカと書いてしまっては、誤解を招くのではないかと気になった。とはいえツクヨミ=天武説は支持したくなる説得力。
読了日:03月05日 著者:戸矢 学
オオクニヌシ 出雲に封じられた神: 古代出雲の葬られた神オオクニヌシ 出雲に封じられた神: 古代出雲の葬られた神感想
神話はすべて元となる史実があることを前提に、記紀・風土記・続日本紀などの記述を深読みしすぎず素直に読み込む。改変を疑わせる箇所には、より自然と思われる仮説をあてて丹念に検証する。神社の立地・様式や名に使われた漢字の音訓を論拠にとり、作為の目的を探す過程は謎解きめいて楽しい。道教の影響を背景に据え、御霊信仰の発想から〈古事記が真に慰霊鎮魂したかった者〉を導き出したときに見えてくるもの。古代出雲に大国を夢見る人には要注意の展開をみせるが、私にはとても面白かった。死者には、抱いて眠るための物語が必要なのだ。
読了日:03月08日 著者:戸矢 学
日の鳥日の鳥感想
「ぼおるぺん古事記」で日本の創生を味わい深く描いてみせてくれた、こうのさんの筆による震災のその後。突然いなくなった妻を探して旅するのは、真っ赤なトサカに白い羽がイカした雄鶏。折れた街灯や歪んだ敷石に妻の面影を重ね、その辺の道草で腹を満たしながら、語りかける心の声がどうにもこうにもとぼけている。光りものが好きで血の気が多い妻、美しく怪力で重量級だった妻、今なお愛妻家で恐妻家の雄鶏。どんな毎日も続いていく限りは日常。目の前の日常をひとつひとつ触って確かめていくような、体温のある描線がこの人の持ち味なんだろう。
読了日:03月08日 著者:こうの史代
菅原伝授手習鑑 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(3))菅原伝授手習鑑 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(3))感想
浄瑠璃版を三浦しをん訳で読んだ時は混みいったお話のように思えたけれど、絵本の体裁に収めた本書はすっきりしていて読みやすい。梅松桜に燕が舞い乱れる画面は常と変わらぬ華やかさだが、その中にあって園生の前や覚寿のきりりとした装束が目に鮮やか。お話の方でも薙刀を構える八重の勇ましさ、小太郎を送り出す千代の痛ましさなど、女人の姿にばかり気を取られる読書だった。白地に菜の花が和やかな一連の画は、白太夫の元で過ごせば平凡な農夫となっていたかもしれない三つ子たちの、運命の皮肉を見せつけられるようで切なく心を打った。
読了日:03月09日 著者:橋本 治
義経千本桜 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(2))義経千本桜 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(2))感想
浄瑠璃版をいしいしんじ訳で読了済。シリーズ順不同4冊目、今回初めて橋本さんの語りに違和感を持つ。フーゾクって、確かにそうだけど工夫が欲しい。設定と構成はよく出来た少年漫画のよう、話の筋は定説を無視した荒唐無稽ぶりだけど、たまたま御霊信仰の本を読んでいたせいか、慰霊と鎮魂という言葉が胸に浮かぶ。不遇の義経は勿論、平家生き残りの三人についても。江戸の頃には源平の世は遠い昔で、観客は彼らに哀れみと滅びの美学を見たのだろうか。画が映えるのはやはり静御前と源九郎狐で、乱立する伏見稲荷の鳥居も心憎い。
読了日:03月10日 著者:橋本 治
仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))感想
浄瑠璃版を松井今朝子訳で読了済。忠臣蔵と聞くと男世界の死の美学を思い浮かべるのに、読んでみるといやに艶っぽい。という印象だったこのお話を、絵本でどう料理してみせてくれるのか楽しみにしていた。読んでみておやと思ったのは躱しに躱したそこではなく、橋本さんの端的な補足のおかげで、各人の心情がとても理解しやすくなっていたこと。画は銀杏と蝶の重なるシルエットが印象的、だんだら染めの地獄蝶も恐ろしくて良い。その他には枯れた風合いの本蔵にときめいたり、手真似で銭やらgoodやら合図を送る師直に吹いたりと楽しかった。
読了日:03月11日 著者:竹田 出雲,並木 千柳,橋本 治,三好 松洛
日本史年表・地図(2012年版)日本史年表・地図(2012年版)感想
歴史・古典関連の副読本として非常に優秀な1冊。2色刷りの年表は横軸に社会・文化・世界情勢など基本項目の他、文学・仏教・美術ほか民俗面も詳細に記載。大宝律令以来の官職名が整理された官制表や、皇室ほか有力氏族の系図は王朝文学の読解補助に。カラー地図は旧石器時代の遺跡の分布に始まり、古代の交通事情が都までの所要時間で示された条里制遺構の分布図が楽しい。戦乱と進軍経路は壬申の乱から世界大戦まで、戦国時代は特別扱い。巻末資料には歴代の通貨・服装のほか花押・家紋、神社の建築様式なんてものも。
読了日:03月14日 著者:
十一月の扉 (新潮文庫)十一月の扉 (新潮文庫)感想
世間の荒波へ容赦なく放り出される前に、こんな物語で楽しく予行練習できたなら、どんなに心が軽くなっただろう。私はすでに中年なので、その逆の読み方をした。つまり、物語を読み書きする少女時代を爽子に、世間嫌いをその母親に、風変わりな家庭での育ちをるりちゃんに、風変わりな家庭作りを馥子さんに、画学生時代を苑子さんに、友人たちとの共同生活を夢見た過去を閑さんに、それぞれ少しずつ重ねながら読んだのだ。すると最後の夜、夏実さんの弾く「飛翔」に解き放たれた爽子の心は、私のわだかまりも一緒に連れて行ってくれたのだった。
読了日:03月17日 著者:高楼 方子
日の鳥 2日の鳥 2感想
物語と現実の違いは、ページに終わりがあるかどうか。本書はもちろん現実ではないけれど、最後のページに再会の用意があるようには思えない。けれどそれでも続いていく日々。雄鶏が訪れる町々では変化よりも不変が目に留まる、それは、いくらかの年月が過ぎても現状はこうなのかという驚きと、それを知らずにいたことへの戸惑い。義務や使命感といった堅苦しさは微塵もない、目に映る景色をのんびりと写し取る描線は、むしろシビアさとは逆を行くようでもある。そんな中、ただ一度夢の中で語りかけてきた妻の、光の羽根に撫でられて息を詰めた。
読了日:03月18日 著者:こうの史代
半減期を祝って半減期を祝って感想
1つのチョコバーを永遠に食べ続ける方法、それは、常に半分だけを食べて残りを皿に取っておくこと。次もまた半分だけを食べ、残りは皿に。大島弓子「ロングロングケーキ」の冒頭だけれど、セシウムの半減期が報道でさかんに言われていた頃、私の頭にいつも浮かんでいたのはこれだった。30年後の日本で、この半減期を祝う行事がひっそりと始まる。愛国少年団と政府の関係はナチとユーゲントそのもの、なし崩しに軍国化されゆく現況を思うと笑えない。けれど真に恐ろしかったのは、どんな異常事態にも慣れ、脅威を脅威と感じなくなる人の心だった。
読了日:03月19日 著者:津島 佑子
鬼に喰われた女―今昔千年物語鬼に喰われた女―今昔千年物語感想
今昔物語に材をとる掌編怪談10編、うち原典既読は2編。いずれも妖しく艶めき時にもの哀しく読み応えは充分だが、装丁がどうにもいただけない。平安の世に現れた怪異の源を縄文と弥生の民族衝突に求める「闇に招く手」は子を想う母の姿が狂おしく、ページを繰る手が止まりがち。女たちのさがを営々と続く土着信仰と絡めて語る「蛇神祀り」も良いが、最も印象的だったのは「死ぬも生きるも」。道祖神の声だけに心を澄まし暴漢をやり過ごす女の姿に、娼婦と聖母のマリアを重ね見る信仰はこのようなものかと錯覚する。赤子への慈愛の美しさよ。
読了日:03月20日 著者:坂東 眞砂子
おくのほそ道を旅しよう (角川ソフィア文庫)おくのほそ道を旅しよう (角川ソフィア文庫)感想
陸奥に歌枕を訪ねる芭蕉と曾良。その足跡を辿る田辺さんの筆は、芭蕉が愛した西行の歌や奥州に残る義経の面影へと自在に行き来する。原典は原文と現代語訳を昨年読んだばかりだが、俳諧のほか故事や漢文などの素養がなければ味わうことの難しい作品だとの印象をまた新たにした。けれど本書は決して肩肘張るものではなく、語尾の切れ味鋭い編集者妖子さん、昼食は必ずトンカツ定食のカメラマン亀さんなど、同行者とのやりとりは軽やかで楽しい。田辺さんが引く「曾良日記」や地元に残る石碑を見るにつけ、芭蕉が端折った地元の人々との交歓を想う。
読了日:03月24日 著者:田辺 聖子
おねえちゃんにあった夜 (児童書)おねえちゃんにあった夜 (児童書)感想
一度与えられたものを失うことと、あらかじめ失われていることは違う。後者はその悲しみになかなか気付かない、意識することさえないのかもしれない。男の子は悲しみから喪失を知り、喪失から存在を知る。あの夜はじめて彼は「弟」になったのだろう、そしてもちろんお姉ちゃんも。悲しんで、悼んでもらって初めて姉と弟になるのだ。けれどそれは温かな悲しみ、喜びの涙でもある。これからの長い人生でいつかひとりぼっちを感じたとき、弟はまた背中に姉の体温を感じて生きていくのだろうから。それはきっと父や母を照らす光にもなるだろう。
読了日:03月24日 著者:シェフ アールツ
美しき小さな雑草の花図鑑 史上最高に美しい雑草の花図鑑。雑草はこんなにも美しい!美しき小さな雑草の花図鑑 史上最高に美しい雑草の花図鑑。雑草はこんなにも美しい!感想
かつて「雑草という名の草はない」と言ったのは昭和天皇ではないらしい。実寸5mmに満たない野の草花を、深度合成という手法を使って紙面から溢れんばかりのどアップで掲載。添えられた文章は草花への愛情に満ちて快調、いつのまにか通読していた。キク科は花弁1枚に見えるものが1つの花で、見慣れたあの姿はたくさんの花の集合体というのは驚き。野の花が小ぶりなのは、近親交配のリスクを負っても同花受粉を選んだからだというのはドラマチック。散歩道でみつけて気になっていた黄色のつやつや花弁は金鳳花(キンポウゲ、馬の足形)、すてき!
読了日:03月26日 著者:多田 多恵子

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