2018年に読んだ本
2018年の読書メーター
読んだ本の数:119
読んだページ数:19860
ナイス数:6311
能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10)の感想
「女殺」は人物描写が濃やかで、心細げな殺人鬼与兵衛は勿論、情の深さ故に葛藤を抱えるお沢が魅力的。性根心根が見目と同じに生来のものなら、それを持て余し苦しむ与兵衛の苦悩は哀れでとても人間らしい。「菅原」は三つ子それぞれの末路に注目しながらも、命の使い方や死の美学に目が行く。生きてさえいればという現代感覚のさもしさを思う。「義経」は訳者らしい朴訥さが味わい深く、中でも源九郎狐を描く筆は生き生きと楽しい。「曽根崎」「仮名手本」死に急ぐ姿は観客の生死観と憧れを反映してのことかと、当時の受容のされ方が気になる。
読了日:01月05日 著者:
日本語と日本人の心 (岩波現代文庫―文芸)の感想
冒頭の河合先生の話では「日本語は世界の中の方言」という発言の他はあまり頭に残らず。けれど対談になってからは恐ろしい密度で、今回一読しただけでは到底理解に及ばない。主語の省略や表音文字と表意文字の混在、書き言葉と話し言葉の乖離など、論点に目新しさはないものの、心理療法士と小説家と詩人それぞれの視点は興味深い。中でも大江さんの主張は、日本語の非論理的な魅力を論理的に表現するというようなもので、理解は出来たが共感できず圧迫感を覚えた。曖昧さを曖昧なまま受け入れ表現する、河合先生や谷川さんの感覚に親しみを感じる。
読了日:01月08日 著者:大江 健三郎,河合 隼雄,谷川 俊太郎
私はフーイー 沖縄怪談短篇集 (幽BOOKS)の感想
他作に比べやや荒削りで小粒な印象、けれど表題作はとても良かった。発表時期は前後するが、先日読んだ「竜が最後に帰る場所」を彷彿とさせる。南の島に流れる時間の雄大さ、その中で繰り返し現れては消えるフーイーと、限られた時間を生きる繰り返さない島民たち。戦火の中を山羊になり白鷺になって駆け抜けるフーイーは、翔び立った崖に戻ることはない。たとえ故郷の島に辿り着けなくても。際限なく繰り返しながら戻ることだけはない、出来るのはさらに進めることだけ。たとえその先には破滅しかなくても。月並だがフーイーに人類の行末が重なる。
読了日:01月10日 著者:恒川光太郎
国づくりのはなし~オオクニヌシとスクナビコナ~: 日本の神話 古事記えほん【五】 (日本の神話古事記えほん)の感想
黄泉平坂での別れといえば、思い出すのはイザナギとイザナミ。この夫婦の決別に対し、スセリビメをオオナムヂに託し送り出すスサノオの、なんと巨きなことだろう(ナギナミ夫婦の呪い合戦もスケール大きくて好きだけど)。思うにスサノオは地上にクシナダヒメを残し、かねてより慕っていた未だ見ぬ母に会うため根の国まで下ってきたのだ。けれど若く美しいスセリビメをそこに留めておくのが哀れになったのかもしれない。ヒメの母親について記紀は触れていないけれど、地上から連れてきたクシナダヒメとの娘だと考えてみるとまた感慨深い。
読了日:01月14日 著者:荻原 規子
[現代版]絵本 御伽草子 うらしま (現代版 絵本御伽草子)の感想
巻末の原文(読みやすい!)→本文の順。浦島の話が「兄」の一言から始まると、連想するのは神話の海幸彦山幸彦。しかし本書では、老父母とともに家に残された太郎の妹が、兄を探して亀ならぬ瓷を道案内に竜宮城へ辿り着く。桃源郷とは程遠い竜宮城のありさまと、太郎がそこに囚われていることの理由。その薄ら寒い水底を写しとる、ヒグチさんの執拗な描線。思えば深海の生き物は、みな一癖ありそうな姿をしている。だあれだ、と戯れかかる幼い人魚は金襴緞子、贅沢な玩具を持っていても遊び相手がいないのではね。御伽噺の暗部は深い。
読了日:01月16日 著者:日和 聡子,ヒグチ ユウコ
[現代版]絵本 御伽草子 象の草子 (現代版 絵本御伽草子)の感想
原文→現代語訳をネットで確認→本文。象の僧が師の僧に梵語をもごもご通訳し、解き放たれた猫と追い詰められた鼠の仲立ちを務める。原典がそもそも面白いのだけど、本書オリジナルの象の僧がたいそう魅力的。山月記やバンクシーなどのパロディににやりとしつつ、語りの面白さを万倍にもする装画を隅まで味わう。桃色の像といえば酩酊時の幻を思い浮かべるが、アルコールのかわりに漂うあんもらかの強い香りにのせて語られるのは、そこだけ改変がほぼない僧の説法。原典でもここが肝だろう。出えじぷとに倣うラストは鼠たちの英断を華々しく彩る。
読了日:01月17日 著者:堀江 敏幸,MARUU
[現代版]絵本 御伽草子 木幡狐 (現代版 絵本御伽草子)の感想
原文→ネットで現代語訳を確認→本文。これが「聊斎志異」あたりなら、才色兼備の良妻賢母なんて狐だろうが幽鬼だろうが大歓迎で大団円、なんてのも珍しくない。異類じゃなくても婚姻譚に別離が多いのは何か理由でも、なんて思いながら読んでいたら、改変された現代版はさらにとんでもなかった。人間社会の乗っ取りを狙う女狐たちの育成学校だなんて、森見登美彦でも読んでいる気分。人の身の哀れを語るきしゆを見ていると、たしかに彼女の痛快なまでの執着の無さは、人より悟りに近いのではと思う。コケティッシュな装画もとても素敵。
読了日:01月17日 著者:藤野 可織,水沢 そら
[現代版]絵本 御伽草子 鉢かづき (「現代版」絵本御伽草子)の感想
大胆に洋装で描かれた鉢かづき。ラスト近く意地悪な兄嫁たちとの挿画を見て、和製灰かぶりの別名を思い出す。本書はこの作画の面白さと、鉢かづきのヒロインらしからぬ図太さ、野生児じみた野への憧れ(鉢かづきの抱く野兎が彼女自身に見える)が強く印象に残る。風呂炊き仕事に忙殺される鉢かづきが、音楽や物語を恋しく思い出し、その必要性を語るくだりには、筆者のメッセージを感じて嬉しくなる。今回はネットで探して現代語訳を先に読み、原文は長さに挫折。いつか再挑戦したい。本書の鉢かづきくらいさばけた性格なら原文も頑張れそうなのに。
読了日:01月19日 著者:青山 七恵,庄野 ナホコ
[現代版]絵本 御伽草子 はまぐりの草紙 (「現代版」絵本御伽草子)の感想
ネットで現代語訳を確認→原文(読みやすい!)→本文。シリーズをまとめて借り出してきた時、一番心惹かれた表紙が本作でした。挿絵もエキゾチックで素敵。お話の筋に改変はないものの、原文の?な箇所いちいちにツッコミを入れる橋本さんの筆が小気味良く、熟れた講師の小咄を聞いている気分になる。頻出する「はまぐり出身」表現が楽しくて、どこかにはまぐり県が存在している気などしてくる。古典を読んでいるつもりがいつのまにかメタファンタジーに!という最後の一文まで、橋本さんのサービス精神が光る楽しい本でした。七千年は長いわあ。
読了日:01月20日 著者:橋本 治,樋上 公実子
[現代版]絵本 御伽草子 付喪神 (現代版 絵本御伽草子)の感想
絵は京極読者にはおなじみの石黒亜矢子さん、絶妙にまるっこく愛嬌あふれる器物の妖怪たちの姿が楽しい。町田康は宇治拾遺物語の現代語訳と本作しか私は読んでいないのだけど、これを作風と思ってよいのかどうか。とにかく軽いうえにも軽い若者言葉がいっそ小気味よく、バリアにビームが炸裂するスペクタクル妖怪バトルが展開する。サクサク音がしそうなくらい簡単に人が死んでいくが、人と物が反転しても人の所業の方がまだ酷いだろうな。原文は冒頭こそ読みやすいものの、後半に入り仏教用語が頻出するようになってからは難解で、素直に諦めた。
読了日:01月20日 著者:町田 康,石黒 亜矢子
千年後の百人一首の感想
触れるその時々で好きな歌が変わり、振り返って自分の変化を知る。どんな時代も変わらずに在り続ける百人一首の偉大さを思う。この本で惹かれたのは47「八重葎しげれる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり」恵慶法師。誰も足を踏み入れたことのない奥山に塗り込められたような一面の紅葉、そこには歌人の目も届かない。歌意からは外れるけれど、そんな凄絶な景色を想像してしまう。清川さんの作品は印刷だと糸の艶やビーズのきらめきが埋もれてしまう、けれどそこに最果さんの言葉が乗ると、不鮮明さは薄紙越しの柔らかな鷹揚さになる。
読了日:01月23日 著者:清川 あさみ,最果 タヒ
はこぶの感想
【3歳3ヶ月】長らく不振だった息子本、久しぶりのヒットは安定の鎌田歩さん。本作は「ぎんちゃん」「ぷるたくん」のようなお話のある本ではないけれど、大好きな乗り物がこれでもかと詰め込まれた表紙を見るなり息子の目は輝く。本を開くと原始人のおじさんがたくさんの果物を前に「はこべるかな?」素手で抱える、袋に入れる、牛に牽かせる、車が登場、船に飛行機に、最後はロケット!しかもこの宇宙飛行士さん、よく見ると。。大人も一緒に覗き込んで楽しめる、シンプルだけど飽きのこない素晴らしい絵本です。明るく優しい色遣いの絵が大好き。
読了日:01月23日 著者:鎌田 歩
サイコパス (文春新書)の感想
チャンドラン「脳の中の幽霊」で知った神経科学の面白さ。フィクションをきっかけに興味を持ちつつも、偏見と誤解を自覚しているサイコパスについて、話題の本書で触れてみる。文章は平易で専門用語は少なめ、読書好きでない人にも通読しやすそう。著者は脳科学者でチャンドランとは専門が違うが、例に挙がる症状や人名には共通のものがいくつもあった。サイコパス(反社会性パーソナリティ障害)の心理的・身体的特徴(不安や恐怖を感じない、心拍数が少ない等)やそれがもたらす社会的影響の他、自分自身をどう見ているかという内容が印象的。
読了日:01月25日 著者:中野 信子
ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話の感想
軽い気持ちで手に取り、冒頭の蓑虫の話にはっとして襟を正す。そのまま息を詰めるように読み終え、深い深い溜息を吐いた。肺癌の進行していく母親を見守りながら、生と死について尽きせぬ問いを繰り返す作家。それは私にも覚えのあるもので、けれどいつか問うことを諦めていたもの。天の采配によって巡り合ったとしか思えぬ医師は、縦横に例を引きながらその問いをさらに深くする。有性生殖の限界、種の存続と個体の死、進化の果て。死を間に置く二人から繰り言は聞かれず、あるのは刺激的な話題の飛躍と不思議な清々しさ。何度も読み返したい本。
読了日:01月26日 著者:上橋 菜穂子,津田 篤太郎
翻訳できない世界のことばの感想
絵本と勘違いした息子が「これ読んで」、君には難しいと思うけど?「いいから」。私のよむ異国の言葉を曖昧に復唱し、画から自分の知るものを探して喜ぶ。彼を見ていると、文字を覚える前の耳の良さと、案外正確なそのイメージ力に驚かされる。ウェールズ語の「hiraeth」やズールー語の「ubuntu」に詩情を感じてしんみりする中、トゥル語の「karelu」を日常語彙に輸入できないものかと思案する。衣服のしめつけの跡だなんて、絶妙に愉快で愛らしいじゃないの。言葉が生み出された背景も気になる、一体どんな服飾文化の中で?
読了日:02月01日 著者:エラ・フランシス・サンダース
太陽と乙女の感想
例えばデッサンでは、一部分ずつ描き込みながら完成させる人と、全体に均一に手を入れながら完成させる人がいる。前者は全体のバランスを取り辛いために良くない例とされるけれど、例外的に面白い作品を仕上げてくる人がいる。森見さんの文章はその例外をいつも思い出す。凝りすぎて破綻を抱えても押し通し、読み手にそれを呑み込ませる力技の愛嬌。正直内容は二の次で、この文章を愛でて楽しみたいだけなのだ。お腹の底からぷつぷつと沸き上がる愉快な音楽、愛すべき森見登美彦節。赤玉ポートワインを愛飲した曾祖母さんのエピソードが素敵。
読了日:02月05日 著者:森見 登美彦
いっさいはんの感想
これは絵本だけど完全に大人向け。ネタはシンプルなあるあるだけど、イラストの愛らしさとページへの詰め込み方でかなりお得な気分になる。ついこの間までいっさいはんだった気がする息子のいちいちを思い出し、楽しくなったり切なくなったりせわしなかった。中でもおむつ替えと歯みがきのときの、ホールドの仕方がまったく同じで苦笑いしてしまう。今ではすっかりお兄ちゃん気取りの3歳児だけど、それも数年後十数年後に振り返ってみれば懐かしく愛しいものなんだろうな。息子の残り少ない幼児期を大切に過ごしたいと改めて思いました。
読了日:02月06日 著者:minchi
私たちの星での感想
例えばこのお二方がアニミズムを話題にするなら、どんな深みと飛躍を見せてくれるだろう、と思う。あの世界観の中でのびやかに歩いて筆をとる梨木さん。まさか素朴すぎて論外ということはないだろう。宗教はいつも不可解で興味が尽きず、入門から軽い哲学までそれなりに読んできた。一神教はまず神ありき、神のために人間が存在し、だからこそ神の名のもとに戦争が起こる。このことが頭にあったため、カリーマさんの言葉には端々で驚かされた。生きた個人の信者を知るまでは予断を持つまいと構えていたけれど、やはり本はどこまでも人ではない。
読了日:02月07日 著者:梨木 香歩,師岡カリーマ・エルサムニー
命の意味 命のしるし (世の中への扉)の感想
「ほの暗い永久から出でて〜」からの流れで手に取る。上橋さんの生死観が児童書の枠の中でどのように語られるのかと思ったのだが、開けてみればお相手の斎藤先生のお話の方に興味を持って行かれた(上橋先生はお話を引き出すのがお上手なのかも)。お二方に共通するのは自然への感覚で、それは破壊したり守ったりする対象ではなく、人間もその中に含まれる全体を指す。人と鳥という境界を超え、ひとつの命と命として対等に向き合おうとする斎藤先生の姿に胸打たれた。数十年も現場に立ち続けている方の言葉は、ありふれたもののようでもやはり重い。
読了日:02月10日 著者:上橋 菜穂子,齊藤 慶輔
なくなりそうな世界のことばの感想
アイヌ語「イヨマンテ」は、中沢新一「熊から王へ」で詳しく読んだ熊送り儀礼のこと。ワヒー語「プルデュユーヴン」=家畜に乳を出す気にさせるという語にも、イヨマンテと似たにおいを感じる。どちらも熊や家畜は霊のある一個の生き物として扱われているのだろう。「マラミク」は話者のいなくなってしまった大アンダマン混成語でいう死後の世界だが、それは夢の世界でもあるらしい。ならばそこはポポロカ語でいう「バサーオ」=たどり着けないほど遠い(主に心の距離が)、とまでは言わないだろうな。簡単な世界地図を付してもらえると嬉しかった。
読了日:02月15日 著者:吉岡 乾
チェコの十二ヵ月―おとぎの国に暮らすの感想
キリスト教以前の土着の信仰がおおらかに息づきながら、つい最近までの社会主義は名残りもない。小さく偉大な祖国を愛する人々の国チェコの12ヶ月を、朗らかでマイペースな出久根さんが11年の歳月をかけてのんびりと見回す。山姥を彷彿とさせるような魔女の存在感、残念という名の国民車、名も明かさぬまま出会って別れた人とのコンサート。そして何より羨ましかったのは、観客を乗せて走り出す電車と車窓の市街劇。おとぎの国ではこれも日常なのかと、耳慣れない地名や人名もあいまって夢見心地の浮遊感を味わう。もちろん挿画も魅力的です。
読了日:02月15日 著者:出久根 育
RDG レッドデータガール 氷の靴 ガラスの靴の感想
チーム姫神の姿をまた見られるとは思っていなかったので、嬉しかったし楽しかった!しかも番外編の短編だけではなく、ガッツリ本編の続きを中編で読めるなんて。物語の展開よりも糖分多めの読者サービスを予想していたものだから、ラストの真夏には私まで胸が凍る思いをしたけれど、シビアながらも端々でこそばゆい高校生たちのやりとりを、今回も堪能させて頂きました。ココアの件など細かい部分を忘れていることに気づいたので、また読み返すのも楽しそう。しかしこんなサプライズをもらったら、無粋を承知でさらに続編を期待したくなっちゃうよ。
読了日:02月22日 著者:荻原 規子
おたすけこびとの感想
【3歳4ヶ月】重機大好きなのにこれまで見向きもしなかった息子。バレンタインのガトーショコラを一緒に作った翌日から、急に本書を大好きに。おもちゃサイズの精密な重機に、こびとの何でも屋さんが乗って作るのは、(こびとたちにとっては)大きな大きなバースデーケーキ。ホイールローダーとオフロードダンプで粉類を運び、ミキサー車が生クリームを泡立て、ウイングトラックが苺を運ぶ。最後にヘリコプターが飾りのクッキーを乗せれば出来上がり!画面のすみずみにまで遊び心があふれ、小さなドラマをみつけていつまでも楽しめる素敵な絵本。
読了日:02月23日 著者:なかがわ ちひろ
きょうのごはんの感想
【3歳5ヶ月】この本仕掛け売りしたなあと、書店員時代を懐かしんで手に取る。焼き魚が大好きな息子は表紙を見るなり「おいしそう!」、私も秋刀魚は大好物。絵が命の絵本らしく絵一本で勝負してくる漢前な本書を見ていると、ページから伸びた見えない手が胃袋をがっしり掴んでくるのがわかる。決して写実的ではないのに、においや温かさまで感じ取れるこの絵力。遊び疲れて家路を急ぐ夕暮れ時、どこからか流れてくる煮炊きの気配に鼻を尖らせ、見知らぬ食卓に上るおかずを推理する。うちは今晩シチューがいいなあ、なんて思いも懐かしい。
読了日:02月24日 著者:加藤 休ミ
しんごうきピコリの感想
【3歳5ヶ月】「こんにちは ぼくはパトカーです。きょうはしんごうきのおはなしをします」から始まり、「しんごうきのいろをみて こうつうルールをまもりましょう」で終わる本書に、息子は声を上げておおはしゃぎ。読み終えたとたん「もういっかい!」、もちろん私もノリノリで応える。食いしん坊の彼はオレンジ信号がお気に入り、私はこのキャビンカンパニーらしい大胆な色彩のダンスに見惚れ、二人で何度でもページを繰る。カタツムリの親戚じみた車たちは、目玉のサイドミラーが懐かしいデザイン。街並みもどこかレトロモダンでぐっとくる。
読了日:02月24日 著者:ザキャビンカンパニー
エリコの丘から (岩波少年文庫)の感想
「タルーラ」なんて「パピヨン」よりずっと魔法のにおいがするのに、これは呪文ではなく女性の名前。彼女は煙草と犬と大道芸を愛した才気あふれる女優で、美しくはないが忘れられない顔立ちをしており、肉体が死んでからはラハブの宿に暮らしている。主役の少年少女よりも神秘の宝物レジーナの石を探す冒険よりも、ただこのタルーラの魅力に惹きつけられる。〈クローンたち〉の群れに馴染めないジーンマリーの閉塞感は私にも覚えがあるけれど、移民ゆえの疎外感を持つマルコムの孤独は見えにくい。魔法という見えない世界は彼にこそ必要だったはず。
読了日:02月25日 著者:E.L. カニグズバーグ
妹背山婦女庭訓 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 5)の感想
古典イベで知ったシリーズ、蘇我入鹿が悪役と聞き興味を持った本書から。作中では、三作の手紙を手にして地蔵の前に立ち尽くす杉松の画が印象深い。谷底のような背景から「山の段」とつい重ねて見てしまうが、今生では結ばれなくとも死後には夫婦となれた久我之助と雛鳥に対し、幼いまま親の体面のため理不尽に殺された杉松の方に、どうしても思いは傾く。とはいえ吉野川を中央に据え両岸に引き裂かれた恋人たちの構図は、七夕伝説を彷彿とさせる美しさ。さらに画を通して見ると面白いのは苧環の魅せ方で、「道行恋苧環」の狂おしさは舞台で見たい。
読了日:02月25日 著者:近松 半二,橋本 治
国性爺合戦 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(4))の感想
面白かったー!近松門左衛門すごい!和藤内の問答無用の豪傑ぶり、小睦の負けん気、渚の天晴。甘輝の血滲む決意と錦祥女の健気も忘れ難い。全編ドラマチックで息吐く間もない矢継ぎ早の展開ながら、読み手を混乱させない橋本さんの語りと、うねるように押し寄せる岡田さんの艷やかな色、線、華。日本と明を股にかけためくるめく玉座奪還の大活劇、それを混血の漁師がやってのけることの爽快感。序盤の花いくさも華麗でいいし、九仙山の場面は下界とのコントラストがピリリと小気味良く、緊張感にうっとりする。これは形を変えても大傑作とわかる!
読了日:02月25日 著者:橋本 治
ツクヨミ 秘された神の感想
ツクヨミの不在は、記紀を読む人なら誰もが一度は疑問を持つ点だろう。連想するのは河合隼雄のいう中空均衡構造だが、成程と思いはしても物足りなさを覚えたのは、それがツクヨミ自身を語る言葉ではなかったから。その点、神宮の祭神や三種の神器との対応などから論考を進めていく本書は、飛躍も少なくすんなりと整合していて、かえって身構えてしまうほど面白い。文章も平易で敷居の低い良書だと感じたが、神器の形代を単にレプリカと書いてしまっては、誤解を招くのではないかと気になった。とはいえツクヨミ=天武説は支持したくなる説得力。
読了日:03月05日 著者:戸矢 学
オオクニヌシ 出雲に封じられた神: 古代出雲の葬られた神の感想
神話はすべて元となる史実があることを前提に、記紀・風土記・続日本紀などの記述を深読みしすぎず素直に読み込む。改変を疑わせる箇所には、より自然と思われる仮説をあてて丹念に検証する。神社の立地・様式や名に使われた漢字の音訓を論拠にとり、作為の目的を探す過程は謎解きめいて楽しい。道教の影響を背景に据え、御霊信仰の発想から〈古事記が真に慰霊鎮魂したかった者〉を導き出したときに見えてくるもの。古代出雲に大国を夢見る人には要注意の展開をみせるが、私にはとても面白かった。死者には、抱いて眠るための物語が必要なのだ。
読了日:03月08日 著者:戸矢 学
日の鳥の感想
「ぼおるぺん古事記」で日本の創生を味わい深く描いてみせてくれた、こうのさんの筆による震災のその後。突然いなくなった妻を探して旅するのは、真っ赤なトサカに白い羽がイカした雄鶏。折れた街灯や歪んだ敷石に妻の面影を重ね、その辺の道草で腹を満たしながら、語りかける心の声がどうにもこうにもとぼけている。光りものが好きで血の気が多い妻、美しく怪力で重量級だった妻、今なお愛妻家で恐妻家の雄鶏。どんな毎日も続いていく限りは日常。目の前の日常をひとつひとつ触って確かめていくような、体温のある描線がこの人の持ち味なんだろう。
読了日:03月08日 著者:こうの史代
菅原伝授手習鑑 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(3))の感想
浄瑠璃版を三浦しをん訳で読んだ時は混みいったお話のように思えたけれど、絵本の体裁に収めた本書はすっきりしていて読みやすい。梅松桜に燕が舞い乱れる画面は常と変わらぬ華やかさだが、その中にあって園生の前や覚寿のきりりとした装束が目に鮮やか。お話の方でも薙刀を構える八重の勇ましさ、小太郎を送り出す千代の痛ましさなど、女人の姿にばかり気を取られる読書だった。白地に菜の花が和やかな一連の画は、白太夫の元で過ごせば平凡な農夫となっていたかもしれない三つ子たちの、運命の皮肉を見せつけられるようで切なく心を打った。
読了日:03月09日 著者:橋本 治
義経千本桜 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(2))の感想
浄瑠璃版をいしいしんじ訳で読了済。シリーズ順不同4冊目、今回初めて橋本さんの語りに違和感を持つ。フーゾクって、確かにそうだけど工夫が欲しい。設定と構成はよく出来た少年漫画のよう、話の筋は定説を無視した荒唐無稽ぶりだけど、たまたま御霊信仰の本を読んでいたせいか、慰霊と鎮魂という言葉が胸に浮かぶ。不遇の義経は勿論、平家生き残りの三人についても。江戸の頃には源平の世は遠い昔で、観客は彼らに哀れみと滅びの美学を見たのだろうか。画が映えるのはやはり静御前と源九郎狐で、乱立する伏見稲荷の鳥居も心憎い。
読了日:03月10日 著者:橋本 治
仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))の感想
浄瑠璃版を松井今朝子訳で読了済。忠臣蔵と聞くと男世界の死の美学を思い浮かべるのに、読んでみるといやに艶っぽい。という印象だったこのお話を、絵本でどう料理してみせてくれるのか楽しみにしていた。読んでみておやと思ったのは躱しに躱したそこではなく、橋本さんの端的な補足のおかげで、各人の心情がとても理解しやすくなっていたこと。画は銀杏と蝶の重なるシルエットが印象的、だんだら染めの地獄蝶も恐ろしくて良い。その他には枯れた風合いの本蔵にときめいたり、手真似で銭やらgoodやら合図を送る師直に吹いたりと楽しかった。
読了日:03月11日 著者:竹田 出雲,並木 千柳,橋本 治,三好 松洛
日本史年表・地図(2012年版)の感想
歴史・古典関連の副読本として非常に優秀な1冊。2色刷りの年表は横軸に社会・文化・世界情勢など基本項目の他、文学・仏教・美術ほか民俗面も詳細に記載。大宝律令以来の官職名が整理された官制表や、皇室ほか有力氏族の系図は王朝文学の読解補助に。カラー地図は旧石器時代の遺跡の分布に始まり、古代の交通事情が都までの所要時間で示された条里制遺構の分布図が楽しい。戦乱と進軍経路は壬申の乱から世界大戦まで、戦国時代は特別扱い。巻末資料には歴代の通貨・服装のほか花押・家紋、神社の建築様式なんてものも。
読了日:03月14日 著者:
十一月の扉 (新潮文庫)の感想
世間の荒波へ容赦なく放り出される前に、こんな物語で楽しく予行練習できたなら、どんなに心が軽くなっただろう。私はすでに中年なので、その逆の読み方をした。つまり、物語を読み書きする少女時代を爽子に、世間嫌いをその母親に、風変わりな家庭での育ちをるりちゃんに、風変わりな家庭作りを馥子さんに、画学生時代を苑子さんに、友人たちとの共同生活を夢見た過去を閑さんに、それぞれ少しずつ重ねながら読んだのだ。すると最後の夜、夏実さんの弾く「飛翔」に解き放たれた爽子の心は、私のわだかまりも一緒に連れて行ってくれたのだった。
読了日:03月17日 著者:高楼 方子
日の鳥 2の感想
物語と現実の違いは、ページに終わりがあるかどうか。本書はもちろん現実ではないけれど、最後のページに再会の用意があるようには思えない。けれどそれでも続いていく日々。雄鶏が訪れる町々では変化よりも不変が目に留まる、それは、いくらかの年月が過ぎても現状はこうなのかという驚きと、それを知らずにいたことへの戸惑い。義務や使命感といった堅苦しさは微塵もない、目に映る景色をのんびりと写し取る描線は、むしろシビアさとは逆を行くようでもある。そんな中、ただ一度夢の中で語りかけてきた妻の、光の羽根に撫でられて息を詰めた。
読了日:03月18日 著者:こうの史代
半減期を祝っての感想
1つのチョコバーを永遠に食べ続ける方法、それは、常に半分だけを食べて残りを皿に取っておくこと。次もまた半分だけを食べ、残りは皿に。大島弓子「ロングロングケーキ」の冒頭だけれど、セシウムの半減期が報道でさかんに言われていた頃、私の頭にいつも浮かんでいたのはこれだった。30年後の日本で、この半減期を祝う行事がひっそりと始まる。愛国少年団と政府の関係はナチとユーゲントそのもの、なし崩しに軍国化されゆく現況を思うと笑えない。けれど真に恐ろしかったのは、どんな異常事態にも慣れ、脅威を脅威と感じなくなる人の心だった。
読了日:03月19日 著者:津島 佑子
鬼に喰われた女―今昔千年物語の感想
今昔物語に材をとる掌編怪談10編、うち原典既読は2編。いずれも妖しく艶めき時にもの哀しく読み応えは充分だが、装丁がどうにもいただけない。平安の世に現れた怪異の源を縄文と弥生の民族衝突に求める「闇に招く手」は子を想う母の姿が狂おしく、ページを繰る手が止まりがち。女たちのさがを営々と続く土着信仰と絡めて語る「蛇神祀り」も良いが、最も印象的だったのは「死ぬも生きるも」。道祖神の声だけに心を澄まし暴漢をやり過ごす女の姿に、娼婦と聖母のマリアを重ね見る信仰はこのようなものかと錯覚する。赤子への慈愛の美しさよ。
読了日:03月20日 著者:坂東 眞砂子
おくのほそ道を旅しよう (角川ソフィア文庫)の感想
陸奥に歌枕を訪ねる芭蕉と曾良。その足跡を辿る田辺さんの筆は、芭蕉が愛した西行の歌や奥州に残る義経の面影へと自在に行き来する。原典は原文と現代語訳を昨年読んだばかりだが、俳諧のほか故事や漢文などの素養がなければ味わうことの難しい作品だとの印象をまた新たにした。けれど本書は決して肩肘張るものではなく、語尾の切れ味鋭い編集者妖子さん、昼食は必ずトンカツ定食のカメラマン亀さんなど、同行者とのやりとりは軽やかで楽しい。田辺さんが引く「曾良日記」や地元に残る石碑を見るにつけ、芭蕉が端折った地元の人々との交歓を想う。
読了日:03月24日 著者:田辺 聖子
おねえちゃんにあった夜 (児童書)の感想
一度与えられたものを失うことと、あらかじめ失われていることは違う。後者はその悲しみになかなか気付かない、意識することさえないのかもしれない。男の子は悲しみから喪失を知り、喪失から存在を知る。あの夜はじめて彼は「弟」になったのだろう、そしてもちろんお姉ちゃんも。悲しんで、悼んでもらって初めて姉と弟になるのだ。けれどそれは温かな悲しみ、喜びの涙でもある。これからの長い人生でいつかひとりぼっちを感じたとき、弟はまた背中に姉の体温を感じて生きていくのだろうから。それはきっと父や母を照らす光にもなるだろう。
読了日:03月24日 著者:シェフ アールツ
美しき小さな雑草の花図鑑 史上最高に美しい雑草の花図鑑。雑草はこんなにも美しい!の感想
かつて「雑草という名の草はない」と言ったのは昭和天皇ではないらしい。実寸5mmに満たない野の草花を、深度合成という手法を使って紙面から溢れんばかりのどアップで掲載。添えられた文章は草花への愛情に満ちて快調、いつのまにか通読していた。キク科は花弁1枚に見えるものが1つの花で、見慣れたあの姿はたくさんの花の集合体というのは驚き。野の花が小ぶりなのは、近親交配のリスクを負っても同花受粉を選んだからだというのはドラマチック。散歩道でみつけて気になっていた黄色のつやつや花弁は金鳳花(キンポウゲ、馬の足形)、すてき!
読了日:03月26日 著者:多田 多恵子
ふしぎ駄菓子屋 銭天堂の感想
小4の姪っ子へお誕生日にあげたうちの1冊。面白かったよ!と貸してくれたので、さっそく読んでみる。ふしぎな駄菓子屋〈銭天堂〉で売られているのは、買う人の願望を叶える奇妙なお菓子。ただし用法用量を間違うと大変なことにー、という趣向の掌編が7つ。どれもSS並の短さながら、おっと思わせる展開が楽しい。銭天堂おかみの紅子さんも存在感抜群で、大人読者としては、お客に大人も含まれていることが嬉しい。印象的だったのは6話目の「クッキングツリー」、子どもに向けて書かれた母親からの虐待にドキリとする。
読了日:04月01日 著者:廣嶋 玲子
先祖の話の感想
仏は仏陀を指す以前にまずホトケという言葉があり、古来よりそれは死者を意味したと柳田は言うが、後世GODに神の字をあてたのと同じくらい、これは語弊を招くまずい選択だったと思う。正月に祭る歳神の本来の姿を考証し、盆との対応や春分秋分との関連から、古来よりの祖霊信仰のあり方をあぶり出す。ご先祖様と聞いて思い浮かぶのはお仏壇にあった古い写真で、そこには知覧から特攻して玉砕した若き大叔父の顔があった。終戦間近の頃、柳田はまさに彼らのために本書を物したのだ。大きな震災を経験したいま、その慰霊鎮魂への熱情が胸に迫る。
読了日:04月06日 著者:柳田 國男
魔女ジェニファとわたし (岩波少年文庫)の感想
3冊目のカニグズバーグ。クローディアやエリコに比べて本作はややシンプルに感じたけれど、読後の爽快感は変わらない。幼いころエリザベスと同じく〈魔女ごっこ〉に夢中だった私は、ジェニファのように謎めいて魅力的な友達が欲しかった。けれど私の相棒はある日言ったのだ「ぜんぶ嘘なんでしょう」。ジェニファのカリスマ性が万分の一でも私にあれば、エリザベスの純真さが百分の一でも彼女にあれば、あの遊びはどう展開しどう収束しただろう。けれど本当になりたかったものは魔女などではなく、どんなに陳腐だろうと結局のところ〈それ〉なのだ。
読了日:04月09日 著者:E.L. カニグズバーグ
少女たちの19世紀――人魚姫からアリスまでの感想
自由な尾ヒレを捨てて痛む脚を手に入れた人魚姫。原作では男装していた姫の行動力、けれど男性社会で歩く自由を手に入れた彼女は、弱音を吐くための声を持たない。美しい歌声で船人を惑わすセイレーン、彼女もその種族の一人であったのに。最期は望み潰え泡と消えた姫。けれど彼女が本当に望んだのは王子の隣の席ではなく、王子の持つ自由さそのものではなかったか。その王子が選んだ王女は美しく優しい女性だが、完全無欠のカップルに漂うこの空虚感はなにゆえか。魂を持たないはずの水妖が体現してみせる、19世紀の少女たちの夢と憧れ。
読了日:04月12日 著者:脇 明子
いまはむかしの感想
楽しかったー!かぐや姫がツクヨミの娘というさわりが気になりつつも、ソフトカバー+イラスト表紙を警戒して手を出さなかったのだけど、読んでみれば意外なほど摩擦の少ないしっかりとした文章で、あっという間に読み終えちゃった。もっと詰めてほしい深みを見たいと思わせる部分、定形に流れて惜しいと思わせる部分はあったけれど、王道な展開も美味しく全体に好印象でした。十代で読めていたら、勾玉三部作に次ぐ愛読書になっていたかも。好みど真ん中で嬉しい出会いでした。若返るわあ。
読了日:04月14日 著者:安澄加奈
はるか遠く、彼方の君への感想
源平合戦末期にタイムスリップした3人の高校生、現代に戻る鍵は三種の神器。義経×時間旅行×神器探し、あまりの王道ネタ盛り合わせに鼻白む。けれど作者らしい堅実な文章を追ううちに、硬化のあげく崩壊しかけていた夕鷹の心がゆるやかにほどけてゆくさま、一途に弓を引く先で淡い恋を芽吹かせる華月の初々しさ、病床の美弥姫と心を重ねる中で真の強さ優しさを身につけていく遠矢の姿に、いつの間にか一喜一憂していた。物語はまだ詰められる、深められる、それを見たいのにと歯噛みしながらも、読み終えた時には爽やかな満足感がありました。
読了日:04月17日 著者:安澄 加奈
かがみの孤城の感想
本書を、不登校の当事者である子はどう読むのだろう。こころたちの辛さが身に迫ってくるほど作者の残酷さを思う。登場人物達にいくら我が身を重ねても、本を閉じればあるのは変わらぬ現実だけ。鏡の城に招かれる幸運は実際にはありえない。彼らの苦しみをたかが読書で理解した気にならぬよう身構えながら、一進一退を繰り返しつつ距離を縮めていくさまを息を詰めて見守る。そうして間もなく気付いたことは、これは断じて残酷な話などではないということ。祈るようなこころの闘いとそれがもたらした救済の環は、世界は一つではないというメッセージ。
読了日:04月20日 著者:辻村 深月
夢も定かにの感想
新参者のみそっかす若子、男勝りの才媛笠女、魔性の美貌春世。奈良時代の後宮を舞台にした采女たちの物語。采女メインも珍しければ、地方豪族出身の彼女たちと対照的に畿内豪族を出自とする女官、氏女についても描かれた作品はとても珍しいように思う。首帝(聖武天皇)の御世、長屋王や藤原四兄弟も登場するが、あくまで筆は働く女性である采女たちの生活を追う。当初、舞台を古代に移しただけで内容は現代モノと変わらないのではと鼻白んだが、読み進めるにつれ彼女たちが置かれた特殊な立ち位置(妾妃候補兼女官)の内情が見えてきて面白かった。
読了日:04月23日 著者:澤田 瞳子
西鶴名作選―現代訳 (1984年)の感想
好色五人女、好色一代女、日本永代蔵、世間胸算用より数篇ずつ、現代語訳のみ。地元図書館では選ぶ余地なく借りた本だが、歯切れのよい訳文が読みやすく、大変面白く読了した。駆け落ちや姦通などの恋愛事件を扱う五人女では、詳細を知らずにいたお夏・清十郎の顛末を読めたことが嬉しい。一代女は色道に生きた女性の回顧録。永代蔵と胸算用は町人たちの懐事情を書いたもので、節季ごとの掛け回収や年越し準備など、事細かに描出された江戸の人々の生活風俗が興味深い。日本商人は不誠実で中国商人は実直だというくだりが印象的で、偏見を恥じた。
読了日:04月26日 著者:井原 西鶴
石の神 (福音館創作童話シリーズ)の感想
それぞれに豊かな才能を持つ二人の少年石工、対照的な彼らを通して描かれる厳しくも温かな職人の世界。神業と言葉にはするが、隠れたがりの石神は昏い場所が好きなのだろう。捨吉の心に宿っていたそれは、寛次郎によって根の国から引き上げられた。やがて苦しくも楽しいモラトリアムは終わる。けれどどんな世を渡っていても、見えない手は互いの鑿を支えている。読んでいて何度もはっとした。ひとつの道を究めることの厳しさ尊さ美しさを、平易な言葉だけで見事に描き出している。些細なやりとりを積み重ねて関係性を表す、群像劇としても見事。
読了日:05月01日 著者:田中彩子
天狗ノオトの感想
たとえば「遠野物語」を読むとその詳細な地所の記録に目を留め、そこを訪れれば今でも河童や山人に逢えるのではないかと夢想する。山は開墾され里山は姿を消し、市町村合併で地名まで変わっていても、土や木や空気には何某かの名残があるのではないかと。本書を読み終えたとき、確かめるまでもなく諦めていたそんな幼い夢を思い出した。うちとける暇さえなく別れた祖父と、再会を願って果たせなかった古い友人、二つを繋げた1冊のノート。少年たちの見上げた空には天狗が舞い、肩には見えない手が置かれる。包み込まれるようなラストに目を閉じた。
読了日:05月03日 著者:田中 彩子
ヒルコ---棄てられた謎の神の感想
アマテラス=ヒルメ、ヒルメとヒルコは双子では、という説には頷いてしまう。ツクヨミやスサノオと併せて四神に対応させるのも納得。けれども徐福伝説は、たとえ信頼できる記録があるにしろ内容があまりに突飛なので、ここでヒルコに結び付けるのはいささか強引なのではと思う。とはいえ一度分かれた系譜が神武で再び一つになる=皇統というのはドラマチックで楽しい。ただあまりの整合ぶりに却って慎重になる。人が死して神上がる神道の思想は馴染み深いけれど、記録の不確かな古代にまで遡り神名の一々に実在の人物を見ようとすると、やっぱりね。
読了日:05月08日 著者:戸矢 学
四谷怪談 (日本の物語絵本)の感想
岡田さんの画めあて。蝙蝠や櫛がつねに不穏な気配を漂わせているものの、お岩の面相の変化や血生臭い場面などでの直接的な表現はなく、やや物足りない。話の筋は大胆に端折っており、お袖などは最後にちらりと出るだけで、いっそ出さなくてもよいように思えた。文章はひらがなを多用しているものの、言葉そのものが時代がかっているので、子どもに理解しやすいとは思えない。絵本に収めるために文章量を減らさなくてはならないとはいえ、人物描写は特徴をわかりやすく加筆するくらいでないと、読み手は混乱してしまうように思う。辛口失礼しました。
読了日:05月08日 著者:さねとう あきら
なずず このっぺ?の感想
【3歳6ヶ月】息子本、久々のヒット!鼻にかかったくぐもり声でタイトルを読むと、もうそれだけでくつくつ笑う。ひと抱えもある大きな本には贅沢な余白。渋めの色味で描かれたのは、どことなく奇妙で愛嬌溢れる身近な蟲たち。なずずこのっぺ?ーわっぱどがららん。初耳のようで耳馴染みのよい、どこかの方言にでもありそうな蟲語の響きに、想像力をくすぐられる。この楽しさは声に出してこそのもの、黙読で魅力は伝わらない。知っている言葉は何一つないけれど、ダイナミックな筋と細部のドラマは何度でも味わいたくなります。じゃじゃこん!
読了日:05月09日 著者:カーソン エリス
二ギハヤヒ---『先代旧事本紀』から探る物部氏の祖神の感想
神道は本地垂迹の歴史が長く、仏教と習合される前の姿は再現不能だと、当然のように諦めていた。大和ことばの音に還元された神名から、または神社と祭神の関係から、為政者に都合よく改変される前の本来の信仰の在り方と、お馴染みの神々がかつて人間だった頃の歴史が丁寧に解きほぐされていく。その過程に今回もわくわくした。ニギハヤヒは東征の流れの中でも浮いているけれど、ヒルコほどのインパクトはなく見逃しがちな存在なので、目のつけ処が嬉しい。つい先を急いでしまうけれど、次回はメモを取りながら再読してみようと思う。
読了日:05月14日 著者:戸矢 学
新訳 説経節の感想
楽しかったー!伊藤さんの説経節、まだまだ読みたい。現代語訳制覇をお待ちしています。収録三作では小栗判官はタイトルだけ、しんとく丸は折口版と寺山版を既読(別物!)、山椒太夫は筋を知っている程度。どれも勧善懲悪の大衆向けで、お約束満載なのにふしぎと飽きない。演者の語りを人垣の後ろから覗き込むような臨場感。小栗や安寿の不運を嘆き、照手や乙姫の逞しさに舌を巻く。道行の地名羅列の名調子、決まり文句の心地よさ。ああこれを読むのではなく聞けたなら、無理ならせめて原文には当たってみよう。お次は「かるかや」、楽しみです。
読了日:05月16日 著者:伊藤 比呂美
かるいお姫さま (岩波少年文庫 (133))の感想
魔女の呪いにより重さを奪われたお姫さま。風が吹けば体は飛ばされ、心も軽く涙を知らない。彼女が愛したのはただ一つ、体を繋ぎ止めてくれる湖で泳ぐこと。奔放で虚飾のない彼女に惹かれた王子さま。靴磨きに身をやつし、その靴にキスをする。報われない恋に命を捧げ、その身をもって湖の穴を塞いだ彼が引き換えに求めたのは、彼女の手ずからの食事と眼差しだけ。動けない体に湖水は迫り、軽薄な姫はあくびする。メルヘンの世界にコケティッシュなお姫さま、王子さまもステレオタイプなのに、どうしてこんなにエロティックなのか。魅了されました。
読了日:05月17日 著者:ジョージ・マクドナルド
しゅるしゅるぱん (福音館創作童話シリーズ)の感想
叶えられなかった夢ややり場のない哀しみは、どこへ行けばいいのだろう。持ち主すら忘れはてた思念は。輝かしく未来を照らした日々もあったはずのそれらが、あるとき姿を持って現れる。「しゅるしゅるぱん」は合言葉。人恋しさに降りてきた山神さまの悪戯に、村人たちが言う「気付いてますよ」。見えなくても、話せなくても、そこにいるのでしょう。それは優しくてとても残酷な名前になる。「かあさんがそう呼ぶから」。ごめんね、辛くて忘れるしかなかったことも、全て含めて私だったね。しゅるしゅるぱん、見えなくてもそこにいる。
読了日:05月18日 著者:おおぎやなぎ ちか
夏の朝 (福音館創作童話シリーズ)の感想
亡き祖父の遺品整理が進むとき、家も長い寿命を終えようとしていた。庭の蓮池がつないだ過去と今、それは草むらに佇むお地蔵さまが最後に見せた奇跡かもしれない。莉子は普通の子どもだけれど、少年時代の祖父や小夜子さん、何より今は亡き母の、祈り願い望みを宿した身でもある。けれど本来だれを助け救われたかによらず、子どもとは皆そのような存在なのだろう。青空にすっくと立ち大輪の花を咲かせる蓮のように、健やかであれしなやかであれ。ただそこに在るだけでいいのだ。最後の数ページ、それまで堪えていたものが溢れ出して止まらなかった。
読了日:05月21日 著者:本田 昌子
少年マガジンエッジ 2018年 06 月号 [雑誌]の感想
シャーマンキング新章連載開始の初回のみ、僅かなりとも売上部数に貢献して版元への意思表示とするため、あとはご祝儀のつもりで、と自分に言い訳しながら購入。あとはコミックス待つんだからね!と思っていたら、来月から番外編も連載開始なんですって。原作のみ武井で作画は別の方とのこと、どう転ぶものか当面は傍観の構え。肝心の本編はまさかの双子から始まり感無量、展開は〈あきらメロン〉のフラワーズを踏襲する形でほうっと一息。前版元で翻弄されながらここまでついてきたファンの一人としては、今版元が安息の地となることを祈るのみ。
読了日:05月22日 著者:
終わらない夜の感想
imagine a night を「終わらない夜」と訳したタイトルが好き。不穏な物語を隠した画にごく短い詩を添えた絵本で、お話らしいお話はない。けれどその詩さえ不要に思えるほど、饒舌な画ばかり。エッシャーの遊び心やマグリットの唐突さを思わせる、説得力のある違和感。描写はやや拙く人物たちにはぎこちなさが漂うものの、それも味だと納得してしまうバランスの良さ。趣味で言えば実はあまり好きでないタイプの作風なのだけど、このくらいストレートで強引なほうが子ども受けはしそう。3歳の息子には少し早かったよう、出直します。
読了日:05月24日 著者:セーラ・L. トムソン
能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10)の感想
前回未読だった、能・狂言・説経節を読了。能・狂言は町田康ばりのカジュアル現代語訳で、敬しつつも遠ざけていた過去を忘れてぐっと仲良くなれた気分。「卒塔婆小町」は三島由紀夫版を美輪明宏演出で観たけれど印象がだいぶ違うので、戯曲として読み比べてみると面白そう。説経節「苅萱」は道心の身勝手さが鼻につくけれど、ブッダが我が子を悟りのための障壁(ラーフラ)と見たことを思うと、何とも苦い思いがする。すべての執着を捨てなければ悟りを得られないとしても、そのための犠牲はどう納得すればよいのか。とはいえこの女達は弱すぎる。
読了日:05月24日 著者:
黄金(キン)の鍵の感想
妖精の国との国境に住む男の子はある日、虹の橋のたもとで黄金の鍵をみつける。冷たい家から逃げ出してきた女の子は、不思議なおばあさまの元で男の子と出会う。何もかもが見える通りではない妖精の国、年齢や時間まで自在に伸び縮みするその国を、二人は黄金の鍵に合う鍵穴を探して旅していく。何とも寓意的で示唆に富み、それでいて特徴や感想をまとめにくい不思議な物語。読んでいて、ああ今なにかのヒントをもらったのだと気付くのに、しばらくすると他の何かに上書きされている。河合隼雄さんあたりに解説してほしい。※コメント欄へ
読了日:05月25日 著者:ジョージ=マクドナルド
アサギをよぶ声の感想
ものごとをありのままに見て、その意味するところを考える。ごくシンプルなこのモノノミカタが、実際にはどれほど難しいことか。こういう考え方の基本を児童書でわかりやすく教えてくれる本書は、とても貴重だと思う。終盤近くでの母親への対応を見ると、アサギはすっかりこの技を自分のものにしている。辛い日々にも腐らず、寡黙に努力を重ね、心に決めた目標をひたむきに追い続ける。もし他に選択肢があればこうはいかない、哀しい窮鼠だったのかもしれない。母親とは違う生き方を選んだアサギが、これからどんな成長を見せてくれるのか。楽しみ!
読了日:05月26日 著者:森川 成美
アサギをよぶ声 新たな旅立ちの感想
「何もないところから始めることのできる、自分の力を信じる」もうそれさえあれば、どこでだって生きていけるような本質的な強さ。そうだ、自信って「自分を信じる」って書くのだった。すぐに揺らぐ、他者からの比較や評価とはまったく違う。前巻で習得したモノノミカタは、今巻でもアサギに冷静な視点を与えてくれる。けれどそれは良いことばかりではなく、時には女屋の仲間との間に誤解を生んだり、仲良くなれそうだったイブキへの対応がクールになりすぎたりする原因にもなる。イブキは贔屓にしたくなる素敵な子なので、良い目を見せてほしいよ!
読了日:05月29日 著者:森川 成美
アサギをよぶ声 そして時は来たの感想
次から次へと押し寄せてくる難題、無理だ出来ないと震えながら、それでも立ち上がるアサギ。せめて肩を並べる仲間をと願うのに、信じた人々はいつもアサギを独り遺して去る。けれど手を差し伸べる人もまた、思いもかけないところから現れる。「望みを勘定に入れるな」モノノミカタがもたらすシビアな認識力は、アサギの判断に潜む一筋の光を容赦なく切り捨てる。それは正しい導きとなるが、ひとりぼっちの少女にとりどれほど残酷なことか。掴み取った勝利は甘い果実などではなく、その小さな手に託されたのは、血と泥にまみれた願いの種が一掴み。
読了日:05月30日 著者:森川 成美
どこでもない場所 (海外秀作絵本)の感想
「終わらない夜」に続いて手に取った本書では、ドールハウスの画が好きでした。巨大な燭台が奥の階段を上ろうとしているのに気付き、にやりとしてしまう。説明的すぎて、描かれたもの以上の拡がりを感じない作品が多い中、このドールハウスはこちらに迫ってくるような臨場感がある。人形か人間か判然としない人物描写の曖昧さも、狙ってのことかはともかく功を奏し、よい意味で浮いている。小道具使いも面白い。貶すつもりはないけれど褒めるばかりでは終えられない、この座りの悪さ。それでもやはり、もう一作にもきっと手を伸ばすんだろうなあ。
読了日:06月03日 著者:セーラ・L. トムソン
累(13) (イブニングKC)の感想
累(かさね)や透世(すけよ)、野菊などの名前のほか、美醜をとりまく女たちの執念に、モチーフとなる江戸期の怪談「累ヶ淵」の影が窺える。美しい母には似ても似つかぬ醜貌に生まれついた累、けれど芝居の才だけはそのまま受け継いでいた。ある日導かれるようにして亡き母の鏡台でみつけたもの、それはくちづけた相手と貌を入れ換えることのできる魔性の口紅。醜貌ゆえの根深い自己否定と変身願望は、口紅を足掛かりに舞台の上で昇華され、累は母をも越える大女優への階段を駆け上がる。貌を奪われた誰かを犠牲にして。次巻で完結との事、楽しみ!
読了日:06月07日 著者:松浦 だるま
あいうえおうさま (理論社版新しい絵本)の感想
【3歳8ヶ月】幼稚園に入ってから少しずつ文字に興味を持ち始め、自分の名前を読めるようになってきたので、頃合いかと借り出してきた本書。私が幼い頃お気に入りだった、安野光雅「あいうえおの本」(こちらは購入)への反応と比べるまでもなく、抜群の食いつき。人差し指で文字をなぞり、一文ずつ復唱して飽きない。「いちごに みるくを いっぱい いれて いますぐ たべると いいだす おうさま」この語感の良さと単純ながら味のある絵が、楽しくて繰り返したくなるのかな。図書館に返却しだい同じ本を購入予定。おすすめです。
読了日:06月11日 著者:寺村 輝夫
お姫さまとゴブリンの物語 (岩波少年文庫 (108))の感想
幼いながらも賢明で、勇気と優しさと寛容さを併せ持つアイリーンお姫さまがとってもチャーミング。少年鉱夫カーディやその両親も、これはよき生活者よき労働者としての理想だろうなあ。地に足のついた温かな暮らしぶりが好ましい。このメルヘンチックな世界観にマクドナルドらしい色を添えるのは、何といっても〈大きな大きなおばあさま〉。年を重ねるほどに美しく誇りかに、けれどアイリーンには毅然としつつもほっこり甘い。神秘的、なんて陳腐な表現では足りない魅力。ゴブリンたちの末路はさすがに哀れだったけれど、楽しく読了しました。
読了日:06月12日 著者:ジョージ・マクドナルド
よるのようちえん (日本傑作絵本シリーズ)の感想
【3歳8ヶ月】幼稚園に慣れてきた息子と一緒に楽しむ。子供達や先生方がおうちへ帰った数時間後。無人となった夜の幼稚園では、昼間の熱気やざわめきの名残りがぼんやりと形をとり、こっそりと顔を出しては名乗っていく。そっとさんはきょろきょろりん、さっとさんはさっさかせ。砂場へ置き忘れたスコップに、心を残してお家へ帰った誰かさんの見た夢かもしれない。ぬっとさんはふんわほわ、おっとさんはすってんとん。トイミュージックが似合いそうな、どこか間の抜けたもう一人のお友達たち。朝になったらまた夕べ、「さよよんならららーん」。
読了日:06月20日 著者:谷川 俊太郎
琳派をめぐる三つの旅―宗達・光琳・抱一 (おはなし名画シリーズ)の感想
代表作に絞った図版は少ないが大きく、解説は簡潔かつ大きな文字で、小学生にも読み通しやすそう。「旅」というタイトルに期待する奥深さはないけれど、琳派と一括りで呼ばれることも多い三絵師の、共通点と個性を並べて味わうにはこのシンプルさが功を奏する。宗達の勢いと力強さ、光琳の絢爛と先鋭、抱一の渋味と端正に、それぞれこの絵師こそが最高だと唸らせられる。難を言えば、光悦をここに加えてほしかった。さらには相伝ではなく私淑と傾倒により流派と見做されたことの、特異な魅力をもっと推してほしかった。うーん、食い足りない!
読了日:06月21日 著者:
日々、蚤の市 -古民藝もりたが選んだ、ちょっと古くて面白いもの。の感想
装丁や文章量は雑誌かカタログの体、読むというよりは写真を眺めるための本。角がとれ木目が黒く浮きあがった鍋蓋、黒く堅く冷たい鉄が妙にぬくぬくと感じられる自在鉤、大福帳の反故を貼り継いで作られた重い暖簾。骨董や古美術と呼ぶには実用的で、美しいと言うよりは親しみ深く、少しの愉快と大きな郷愁を掻き立てるモノたち。肩肘張らない気安さは森田さんのコメントにも通じており、用途の不明なものには想像を膨らませ、こんな人がこんな使い方をしていたのではと楽しげに語ってくれる。カメラの向こうで付喪神も笑っていそうです。
読了日:06月23日 著者:森田 直
カーディとお姫さまの物語 (岩波少年文庫 (109))の感想
地の文の丁寧語や、軽やかにご都合主義で済ませる細部はお伽噺のよう。けれど肉屋の犬達に対する仕打ちの残酷さ、召使い達を追い立てる執拗さには冷水を浴びせられたよう。前作での白眉たる老いた姫の神秘は中盤ではすっかり鳴りを潜め、実際的な少年カーディのシンプルな冒険譚となるも、終盤では華麗な転覆に目を覚まされる。時折覗く説教臭さは、病んだ王が幼児とのふれあいから回復に向かうさまと同じに、読み手の子ども達への作者の思い入れか。哲学がかった物言いや詩的な表現も同じく。お伽噺への回帰を一歩外したラストも印象的。
読了日:06月24日 著者:ジョージ・マクドナルド
もののみごと 江戸の粋を継ぐ職人たちの、確かな手わざと名デザイン。の感想
写真は品物、手元、道具、職人で計3項。文章は経歴やインタビューを上下段組で計3項。33人の職人をそれぞれこの枠に収めて紹介するので、内容は広く浅い。けれどもそこに内包されるものの深さ重さを思わずに読める人はいないだろう。巻末には注釈の他に、品物を買い求める際に必要な情報が付せられているが、甲冑や鼈甲のような高価な品を除いては、どれも手が出ぬほどの額ではない。「手をかけすぎると値が上がる」と、買う人のために腕を磨く職人の意地がそこに見える。しかもある人は「技は借り物」と言い、独占することを良しとしない。
読了日:06月27日 著者:田中 敦子
縄文の神の感想
稲作ー製鉄ー戦争の三点セットが登場する以前、石器時代の人々の精神性の高さには、中沢新一「カイエ・ソバージュ」以来あこがれを持っている。時代区分は違えどそこに重なる縄文の素朴で気高い精霊信仰が、どのように命脈を繋いできたかを、ヒモロギ、イワクラ、カンナビ、コトダマ、ムスヒの章立てで語る。なにぶん文字のない時代のことなので、読み味としては論考というよりも随筆に近い上に、自著の引用めちゃ多い。けれども目を惹かれる部分もあり、例えば食物神と殺害の関係性から、土偶は破壊されてこそ呪術が成る、という考察には納得する。
読了日:07月03日 著者:戸矢 学
へんないきものすいぞくかん ナゾの1日の感想
【3歳10ヶ月】飼育種数日本一の鳥羽水族館、そこの〈へんないきもの研究所〉がお送りする写真絵本。奇想天外な生き物たちは写真で見るだけでもおもしろいけれど、本書はさらに読み手を楽しませる工夫がちりばめられていて、繰り返し捲りたくなる。ダイオウグソクムシが持て囃された時は横目で見過ごしていたけれど、5年間も絶食し、食事や排泄がニュースになるその生態を知ると、途端に愛しさが湧いてくる。お気に入りはテヅルモヅル。口ずさみたくなる名前もいいし、レース編みや刺繍のモチーフにしたくなるその姿もたまらない。
読了日:07月03日 著者:なかの ひろみ
おしらさま (京極夏彦のえほん遠野物語 第二期)の感想
昔持っていた文庫「遠野物語」、表紙が白馬に乗って疾走する娘だった。けれど記憶にある光景は少し違って、生剥ぎにした馬の皮を被せられた娘が、そのまま天に昇って神となるというもの。どのみち私が惹かれたのは、八房と伏姫を思わせる異類婚姻譚の薄暗い魅力と、恨んでいいはずの父親に養蚕という福をもたらした娘の、本性の見えない嘘寒さなのだが。本書はまだ表現がマイルドで、混乱を来しているおしらさまの伝承を再度復習したくなった。今回新たに目を引いたのは黙して語らぬ(のは当然なのだが)馬の本意で、語らぬこその恐ろしさを感じた。
読了日:07月15日 著者:京極 夏彦
大接近!妖怪図鑑の感想
【3歳10ヶ月】油彩のたしかな描写力。石燕あたりの古典をきっちり踏襲しつつ、デフォルメを効かせた愛らしいフォルム。そして何より、この迫力!贅沢かつ大胆に折り込みを使い、大判に刷られた唐傘おばけのゆるぎない存在感。これはすごい。胸の高まりを抑えられなかったのか、息子はこのページをそっと抱きしめ、頬ずりをしていた。なんなの。文章はやや一文が長く、自分で読むなら小学生以上向きかな。3歳児には言葉も難しいだろうけれど、生真面目に耳を傾けていた。以来何度も読んでほしがるお気に入りに。妖怪好きのお子さんにぜひどうぞ。
読了日:07月17日 著者:軽部 武宏
大出現!精霊図鑑の感想
【3歳10ヶ月】「大接近!妖怪図鑑」と一緒に借りてきた。あちらは古典妖怪ばかりだったけれど、こちらは知っているようで知らない〈精霊〉ばかり。目新しいなとは思ったけれど、ひょっとしてこれは創作なのかな。文章はやや渋めで、著者がそれぞれの精霊と出会った時の様子を、随筆のようにつらつらと語る。絵本ではあるけれど、読解力は小学校中高学年以上のものが必要かもしれない。とはいえ画の迫力は相当なもので、眺めるだけでも楽しめる。息子はお団子さまが特にお気に入り、うちの庭にもいるといいね。軽部さんの絵本、他のも気になる!
読了日:07月17日 著者:軽部 武宏
にょっ!: ぴっかぴかえほんの感想
クジラだと思って手にしたら、違ったような違わないような。シルエットから姿を想像して楽しむ絵本だけど、何でもありの投げっ放しなので、答え合わせをしたい人には不向きかな。私は昔から確かめられないものは否定できないと思っていて、幽霊も魔法も本心からは切り捨てられないまま人の親になってしまった。だからか本書が示してくる荒唐無稽な「○○かもよ」の振り幅は、そんな残念な視点までおおらかに許されているようで心地よい。間に本を挟んで息子とあれこれ話しながら思ったことは、やっぱりう○この形は最強!ということ。ゆるぎない!
読了日:07月22日 著者:ザキャビンカンパニー
よるですの感想
既読の中では「しんごうきピコリ」と並んでお気に入り。本書に描かれた闇の黒はとにかく濃密で鮮やか。悪夢との境界線も軽く越えていきかねない幼児が、ぎりぎり健やかな側へと踏みとどまる、その案内人は毛布が化けた獏。真夜中に訪れるトイレまでの大冒険。眠れないすうちゃんの悩ましい顔は、睫毛の一本一本まで悶々としている。うーん、素晴らしいわ。原画展で見て驚いたのは、この密度が印刷時の縮小によるものではないということ。原画はほぼ原寸大で制作されている模様、ちなみに手法は版画ではなくスクラッチのように見受けられました。
読了日:07月22日 著者:ザ・キャビンカンパニー
ほこほこのがっこうの感想
原画展にて甥っ子が購入。サインにキュートな虎を描いてもらった大切な本を、こころよく貸してくれた。廃校にすみついた埃のおばけ、ほこほこたちのお話。まっくろくろすけのお仲間かしら。バケツプリンや浴槽ゼリーは子どものころ思い描いてみたことのあるものだけど、本書のそれは宝石のようにきれいで美味しそう。舞台はもちろんキャビンカンパニーのお二人がアトリエとする由布市の廃校なのだけど、これが赤い屋根の小さな平屋の校舎で、写真で見てもとても愛らしい。アトリエ公開の機会は逃し続けているのだけれど、いつかぜひ見学してみたい。
読了日:07月29日 著者:ザキャビンカンパニー
だいおういかのいかたろう (ひまわりえほんシリーズ)の感想
原画展にて、キャビンカンパニーのお二人による読み聞かせといかたろうダンスを楽しむ。客席は子どもと大人が入り混じり、3歳の息子はノリノリで、3年生の甥っ子ははにかみながら、30代の私は息を上げつつよく動いた。このいかたろうダンスは公式動画が公開されているので( https://youtu.be/NVt8B0EuJic )読み聞かせのご参考にどうぞ。「ヘイ!」の掛け声では各々好きなポーズを決めましょう。お話も絵もシンプルかつダイナミック、湖の氷に閉じ込められた、大王イカのいかたろうの救出劇。季節は冬がお薦め。
読了日:07月29日 著者:ザキャビンカンパニー
あかんぼっかんの感想
原画展にて。講演を聞き、本作を描く契機があの地震にあったことを知る。混乱の中で分娩台に上り、地面が揺れるたびに陣痛が襲うという、その生々しくも力強いエピソードを忘れられない。これにより赤ん坊と火山を結びつけることの説得力は、否が応にも増す。けれども、デフォルメしつつも微細絶妙なリアルの愛らしさを残したこの作画は、やっぱり母親の視点があるからこそだよなあ。柔らかくて張りのある、息子のおしりを思い出して微笑む。可愛いわあ。赤子の生命力と生命欲の表現では、大友克洋「童夢」と並ぶくらい好きです。素晴らしい絵本。
読了日:07月29日 著者:ザ・キャビンカンパニー
ゲゲゲの鬼太郎 妖怪ファイルの感想
【3歳10ヶ月】このところ妖怪づいている息子に、それならばと本書を購入。本当はもっと大判でカラーのものをと思っていたけど、開いてみれば文句なしの大迫力は、さすがの水木クオリティ。執拗なまでに濃やかな描き込みが、カラーよりかえって実在感を増して見せるのも面白い。パラパラと捲って気になるところを読んであげるのに、この文章量はほどよい長さ。総ルビなので小学生にもおすすめです。お馴染みの古典妖怪に混じって、魔女や狼男、フランケンシュタインやバックベアードなんてものも。ルドンのあの絵はこれだったのかしら。。
読了日:08月26日 著者:水木 しげる
新装版 星モグラサンジの伝説の感想
小学生のころ大好きで何度も何度も読んだお話、長らく絶版だったものが新装版になって帰ってきた。思えばこれが岡田淳さんとの出会いで、いま読んでもこの人は本当にモグラと話ができるのではないかと思う。ご自身で手がけられた挿画も素晴らしい。ああ、おかえりサンジ、また逢えて本当に嬉しい!ものすごい速さで地中を掘り進むモグラのサンジ、出会ったものは何でも食べる彼をとりこにしたのは隕石の欠片。サンジの爆走ぶりを見るのは楽しいけれど、何よりも終章「それからも」が良い。息子がもう少しだけ大きくなったら、読んであげたいな。
読了日:09月01日 著者:岡田 淳
うす灯(あかり) (偕成社コレクション)の感想
小学生の頃に好きだった本を思い起こし、再読することに燃えた時期が大学時代にあった。その時まっさきに思い出したのが本書で、読み返すまでもなく今回もその内容をよく覚えていた。著者名も版元もレーベルも見ずに選書していたあの頃の嗅覚は、どこから来るものだったのだろう。今回登録するにあたり、初めて本書が多くの人に愛されていることを知って嬉しかった。「重たい鞄」を読み、梨木香歩「コート」(新装版「丹生都比売」収録)で覚えた既視感の正体を知る。今の私の読書の素地は、間違いなく小学校の図書室が作り上げている。
読了日:09月01日 著者:田村 理江
レベル21―アンジュさんの不思議(マジカル)ショップ (童話パラダイス)の感想
小学生のころ大好きだった本。その後の愛読書となる中勘助「銀の匙」、手に取るきっかけを作ったのは本書でした。友人の出産祝いに、シルバークレイでスプーンを作ったことも思い出す。なのに自分の出産時には、なぜか思い出しもしなかったな。いい歳こいた今でも、やはり手の平をみつめてオーラを探す。何も見えないけど、大人になって出産もしたよ。シングルマザーだけど子どもは可愛いよ。レベル21をみつけたくて、アンジュさんに出会いたくて、たまらなかったあの頃の自分に言ってみる。居所のない思いを抱えていても、大丈夫生きていけるよ。
読了日:09月01日 著者:さとう まきこ
おしっこちょっぴりもれたろうの感想
幼稚園に毎日持たせる下着の替えが、ずっしりと丸まって袋に収められていると、ああまたかと気が重くなる。おもらしは精神的なストレスからくるなんて言われると、爪を噛む癖とあわせて「愛情不足なのかも」なんて思っちゃう。片親だからかな、私が短気で口が悪い未熟者だからかな、この子は抑圧されてるのかしら、なんて。でもねえ、あるよね、ちょっともれちゃうことだって。本屋さんで二人で読んで、なんだかすっかり気が抜けた。まあいいさ、そのうち洩れなくなるだろうさ。パンツが濡れちゃったんなら、乾くまで冒険に出掛けたらいいんだから。
読了日:09月02日 著者:ヨシタケ シンスケ
旧(ふるい)怪談―耳袋より (幽ブックス)の感想
「耳袋」(根岸鎮衛、天明〜文化)収録の奇妙な話を、「新耳袋」(木原浩勝・中山市朗、1990)ふうに書き改めた本、35篇収録。カタカナ言葉が散見されたり人名がイニシャル表記だったりと、新耳袋(実話怪談)ふうの作法をとりつつも、語り口はお馴染みの京極節。併録された原文はどれも端的で短く、読みやすくはあるが面白味は少ない。この再話の腕は「遠野物語」でも感じた通り、本書も抜群に読み応えのある仕上がりになっている。印象的だったのは「プライド(巻ノニ、義は命より重き事)」。短絡ながら、子どもが哀れでならなかった。
読了日:09月03日 著者:京極 夏彦
ごんげさま (京極夏彦のえほん遠野物語 第二期)の感想
権化なのか権現なのか、いやそれよりもっと昔、文字が生まれる前からいるカミなのか。表紙のごんげさまは耳も歯も欠けていて、さぞかし多くの修羅場をくぐってきたのだろうと想像する。おしらさま然りごんげさま然り、嫉妬したり喧嘩したりと個性のあるカミは面白い。きっとその組ごとに「うちのごんげさま」への誇りがあり、代々大切に受け継いできたのだろう。画はこのところご縁のある軽部さんで、本書も文句なしの大迫力。人物の肌の色が明るすぎて浮いている気がしたけれど、血肉あるものとそうでないものとの描き分けなのかな。。
読了日:09月03日 著者:京極 夏彦
おいぬさま (京極夏彦のえほん遠野物語 第二期)の感想
おいぬさまは狼だけれど、大口真神や神使となった狼たちよりも、ずっと古い信仰を持っているようだ。ヒトがまだ正しく生態系の中に組み込まれていた頃の匂いを感じる。それは単に喰らわれる弱者としての恐怖ではなく、森の王者への畏怖でもある。そこに命の遣り取りがあるなら、物語は必ず必要とされる。狼はそうしておいぬさまとなったのだろう。遠野を去った彼らを、絶滅したニホンオオカミと重ねるのは安易に過ぎるのかもしれない。けれどこの味気ない現代にヒトだけが取り残されたような、寂しさ心細さを覚えるのは、あまりにも身勝手だろうか。
読了日:09月03日 著者:京極 夏彦
でんでらの (京極夏彦のえほん遠野物語 第二期)の感想
はたこうしろう「なつのいちにち」は大好きな絵本。けれど京極遠野にはたさんと聞いても、なかなかピンとこなかった。あの陽の画風でどのように蓮台野(でんでらの)を?と、戸惑う気持ちがあったのだ。けれども、そもそも陰は陽がなければ生じないものなのだった。姥捨山としての蓮台野を、陰惨に描ける作家はいくらでもいるだろう。けれどもそこは日常から地続きで存在する土地で、元の家族が暮らす村とは、野良仕事の手伝いに行き来する程度の隔たりしかない。想像するに、案外とそれは酷なばかりの慣習ではなかったのかもしれない。
読了日:09月03日 著者:京極 夏彦
氷室冴子: 没後10年記念特集 私たちが愛した永遠の青春小説作家 (文藝別冊)の感想
小6の春休みに銀金に出会い、岩波新書版の日本書紀三巻を苦労して読んだ。それから20年以上が過ぎた今でも、日本神話は最大の興味の対象であり続けている。はるばる奈良へ旅行して、タクシーの運転手さんを困惑させながら縁の地巡りもした。氷室先生の訃報は勤務先の書店で知り、暗澹としながらお悔やみの張り紙をした。完結を読まず仕舞いに終わった愛読書への哀惜を訴え、文芸担当の先輩に慰めてもらった。けれどもその後、少女小説やライトノベルと呼ばれたあの作品たちが、実は作者の血の滲む〈女の身の苦悩〉を背負って世に出たことを知る。
読了日:09月12日 著者:氷室冴子,新井素子,飯田晴子,伊藤亜由美,榎木洋子,榎村寛之,荻原規子,菊地秀行,木村朗子,久美沙織,近藤勝也,嵯峨景子,須賀しのぶ,菅原弘文,高殿円,田中二郎,俵万智,辻村深月,ひかわ玲子,藤田和子,堀井さや夏,三浦佑之,三村美衣,群ようこ,山内直実,柚木麻子,夢枕獏
よるのかえりみちの感想
わあ、懐かしい木炭紙の手触り、と手にとる。とするとこのもこもことした夜の黒は、柳か桑か。鉛筆線にパステル彩色のち木炭か、などと考えながらページを捲る。するとうさぎ頭の無表情に予感した不穏な物語は展開されず、あるのは窓々に切り取られた悲喜こもごもと、それをふんわり包みこむ宵闇のおおらかさだった。夜も8時を過ぎると商店はみなシャッターを下ろし、街灯のこころもとない明かりが路地の暗がりを真の闇に変える。おぶわれた腹の温もりと、背中に貼りつく薄闇の冷たさ、伝わる足取りの頼もしさを思い出す。あの不便さは豊かだった。
読了日:09月15日 著者:みやこし あきこ
ひねくれ一茶 (講談社文庫)の感想
子どもや小鳥や虫。小さきものたちへ向けられた一茶の眼差しはあたたかく、尽きせぬ興味と愛着を感じる。亡父の遺産をめぐる継母や弟との確執は、好々爺然とした句の印象を裏切るように思っていたけれど、それは少し違うのかもしれない。自身の寂しい子ども時代も、一茶にとっては愛すべき小さきものだったのかもしれない。禍福が唸りをあげる晩婚の頃までは、そんなことを考えながら楽しく読んだ。けれども、「露の世は露の世ながらさりながら」。後半は隣で眠る幼い息子の体温にすがりながら、耐えるように読み進めた。
読了日:10月03日 著者:田辺 聖子
ぶたたぬききつねねこの感想
【3歳12ヶ月】2歳のクリスマスにプレゼントしたうちの1冊だけど、これまで見向きもしなかった。それを持ち出してきたのは、他の本に飽きてきたからなのか。ともあれ、ひらがなに興味を持ち始めたこの頃にこそ、ぴったりの本かもしれない。ユーモラスな絵にひらがな表記の名詞、しりとりになっていることに気付けたのには驚き。♪こぶた、たぬき、きつね、ねこ、のうたを歌おうとするも、何度チャレンジしても♪ポンポコポンを言えず、♪ポンポポポンになるところが愛しい。あほうどり、こうのとり、しちめんちょう、の見分けがついたらいいな。
読了日:10月06日 著者:馬場 のぼる
ギケイキ:千年の流転の感想
絶好調町田節につき、極度に口語を究めた現代語訳なのか著者による再話なのかは判りかねるが、読んでいて脱力するほど楽しいことは間違いない。そもそも本家本元の義経記自体が伝記ではなく伝奇なのだし、本書程度の振り幅を受け入れる土壌ははなから備わっていたのかも。義経を日本武尊に、頼朝を景行天皇に重ねてその悲劇の英雄ぶりを愛でてきた私には、このブッ飛んだ町田義経は、語り直しによる慰霊と鎮魂の賜物かと考えずにはいられないけれど、それはさておき物語は二巻へ。静御前の登場と佐藤兄弟の活躍が、楽しみなような怖いような。
読了日:10月08日 著者:町田 康
累(14) (イブニングKC)の感想
完結おめでとうございます。読了した今、とても満足しています。美しき大女優の一人娘でありながら醜く生まれついた〈かさね〉、亡き母から託された口紅には不思議な力が宿っていた。その〈くちづけた相手と顔が入れ替わる〉という思い切った設定が、愛憎と執念の渦巻くドラマのリアリティから浮いて見えたものだけど、それもいつの話やら。作中で扱う古典演劇のどれよりも劇的な本編にかかれば、そして、理想のために罪を重ねた主人公のもとに収束していく過去を目の当たりにしてしまえば、それは些細なことでした。作者さま、お美事でした!
読了日:10月10日 著者:松浦 だるま
いもむし・ようちゅう図鑑 これはなんのようちゅうかな?の感想
【3歳12ヶ月】寝る前の絵本タイムに平気で図鑑を持ち込む息子に、学研の図鑑NEO「イモムシ・ケムシ」を買い与える勇気が出なかったので、図書館で借りてきた本書。お向かいさんの玄関先でパンジーを食い荒らし、枯れ葉のようなサナギ姿を見せてくれたのはツマグロヒョウモン。うちの玄関に現れ、紫陽花の葉でそっとお引越しさせたのはヒメジャノメ。サツキを丸裸にさせながら観察した愛称〈けむけむ〉はマイマイガ。十把一絡げに「虫、特にイモムシケムシが大嫌い!」だった私が、息子と一緒に何度も本書を見返した。ほどよい量感の本です。
読了日:10月13日 著者:岡島 秀治,植村 好延,福田 晴夫
はっけんずかん うみ (はじめてのしぜん絵本)の感想
潜水艦といえば、の本。1歳のお誕生日に頂き、以来擦り切れるほどの息子お気に入り本。本書にも紹介されている深海潜水調査船「しんかい6500」、および支援母船「よこすか」の見学記念に今回登録。しんかいは私も以前Tシャツのデザインに描いたことがあるので、思い入れがあります。本書はボードブック並みの丈夫さで、角を丸く落としてあって幼い子どもにも扱いやすいもよう。ただしふんだんにある捲り窓は破損注意です。イラストはシンプルで見やすく、写真も掲載されているので見くらべても楽しい。
読了日:10月14日 著者:
ギケイキ2: 奈落への飛翔の感想
本作を映像化するならキャストは、またはキャラデザは誰を、と考えてみる。相変わらずキャラ立ち凄いわあ、と不細工ファンシーな弁慶に胸をざわめかせながらも、次巻で語られるであろう静御前や腹の子のその後などを考えるにつけ、このノリの軽さを有り難いと感じるのも本当。そうでなければ受け入れ難い展開が、今この活劇&会話劇を盛り上げている面々に降りかかるのかと思うと少し複雑。現代日本を生きる義経が振り返る生前のあれこれ。この構図の面白さに期待したいのは、現代感覚からのツッコミよりも、物語収束後に義経が向かう先である。
読了日:10月21日 著者:町田康
たぬきの花よめ道中 (えほんのぼうけん)の感想
画は町田尚子さん。人の都会は狸の田舎、都会から田舎のお婿さんの元へ、お嫁に行くお姉さん狸とその家族。人に化けたあとのレトロスタイルもお洒落でいいけど、ふはふは毛皮の狸姿の愛らしさは、表紙をみてわかる通り。頬の下あたりの豊かな毛深さを人で言うと、若い娘さんのさらさらロングストレートヘアくらいの、ときめきチャームポイントになるのではないかと思うんだ。若さと愛のパワーで僻地も僻地へ嫁いだ狸の新婦さん、これからたくましく美しいお母さんになって、子狸たちを〈都会の実家〉へ遊びにやれるといいな。
読了日:10月22日 著者:最上一平
森のきのこ (絵本図鑑シリーズ)の感想
【4歳1ヵ月】雨上がりに近所の公園を散歩すると、大小さまざまなキノコに出会う。虫なり花なり、気になるものがあると「帰って図鑑を見てみようね」が合言葉の息子と、まずは図書館で手にしたのが本書。館員さんが示した本の表紙、その繊細で精確で、それ以上に何とも柔らかくあたたかなタッチの絵に一目惚れし、開いてみたページに胸が高鳴る。なんて愛らしい、妖精やリスやクマ!丁寧な解説を読むとたしかにこれは図鑑なのだけれど、それだけに終わらない本作りの楽しさ、キノコへの愛と遊び心に満ちています。
読了日:10月23日 著者:小林 路子
トトロの生まれたところの感想
宮崎監督とスタジオジブリの持て囃され方にはずっと昔から違和感がある、けれどそれとは別のごくプライベートなところで、私はトトロやラピュタと一緒に育ってきた。手元に残るぬいぐるみで一番古いものは、姉がお小遣いで買ってくれたお誕生日プレゼントの小さなトトロ。ボソボソの毛並みのそれを、4歳になったばかりの息子が抱いて遊ぶ。けれどだからこそ、この手の本は、特に読まなくてもよかったんだろうなあ。1960年代の所沢よりも、もっと山深い1990年代の大分でしか、私のトトロには会えないんだから。美しい本なんだけどね。
読了日:10月26日 著者:
ココの詩 (福音館創作童話シリーズ)の感想
傑作と呼ばれる絵画が真筆でなければならない理由、どれだけの熱量が費やされた見分けのつかない力作でも、贋作ではいけない理由はどこにあるのか。小さなはだかんぼうの人形ココ、空っぽの心に積もり重なった記憶は彼女を少しずつ生身の少女に近づけていったけれど、抱えきれない恋が最後に招いたものとは。本物と贋作、人間と人形。ウエムを待つ試練は探偵のものではなく、そこに明確な答えやゴールはない。命を運ぶものを運命と呼ぶけれど、舟を操る手は自分のもの、その果てには善人も悪人もなくなり、塗り込められた歴史しかないとしても。
読了日:11月11日 著者:高楼 方子
時計坂の家の感想
なれし故郷を放たれて夢に楽土求めたり、と「流浪の民」を口ずさむとき、思い浮かぶのは古語に言うあくがれ。魂が身を離れるほど一心に何かを想い焦がれる、血の滲むようなジプシーの切実さを抱えたまま現実を生きることが出来るなら、確かにそれは一つの才能かもしれない。美少女マリカをみつめるフー子は悲しいほど我が身をわきまえている。それは私だけに限らず、読書というひそやかな愉しみを愛する者には親しみのある苦さだろう。そういう人間はすでに持っているのだ、自分だけの秘密の花園を。あとはただその入口が現実に現れるだけでいい。
読了日:11月19日 著者:高楼 方子
SHAMAN KING THE SUPER STAR(1)限定版 (プレミアムKC)の感想
限定版があるならと、内容も値段も確認せずに予約。ステッカーは対処に困って死蔵しそうだけれども、冊子は初見なので楽しかったよ!本作はもちろん、仏ゾーンといいデスゼロといい、自作を大切にしてくれる作家さんは嬉しくなる。肝心の本編はまだまだこれからだけど、思わせぶりな先代たち(神含む)よりも、ようやく慣れて愛着の湧いてきたメインの次世代たちが見ていて楽しい。けれどもぶっちゃけると、今巻はデスゼロにもってかれましたわ。。カッケェっす。アルミと花の再会を楽しみに次巻を待ちます。
読了日:11月21日 著者:武井 宏之
緑の模様画 (福音館創作童話シリーズ)の感想
色紙を折って鋏を入れる切り紙細工、その中心に刻まれた顔は「少公女」か塔の影法師か。三人の少女と茶色の瞳の青年が切り込みを入れたのち広げると、若草色の紙は光差すシャムロックの野原に変わる。薄暗い眠りの迷宮から陽光溢れる坂道へと「彼」を誘い出したのは、懐かしい日々に重なる三人の少女。彼女たちへの焦がれるような慈しみは、やがて失意を抱えて塔にこもる魂をのせる翼となる。海をのぞむ塔の窓辺から飛び立った彼らは、天へと向かう途中で寄り道をしただろう。二度とするつもりはなかったのだとはにかみながら。
読了日:11月23日 著者:高楼 方子
わたしたちの帽子の感想
出久根育さんの装画に惹かれて手に取ると、お話の中にも育ちゃんが!先日読んだ「チェコの十二ヶ月」の印象も相まって、もうこの育ちゃんが出久根さんご本人としか思えなくなる。五年生への進級を目前にした春休み、サキちゃんがひと月だけ暮らした、古いビルでの不思議なできごと。謎を謎のまま楽しみたい私としては、後半はやや手の内が明かされすぎた感があるというのが正直な感想。ただ、それでもまだ発見されていない何かがありそうだと思えてしまう、このビルの魅力!あの絵は初代オーナーの肖像かしら、なんて想像しはじめるとキリがない。
読了日:11月25日 著者:高楼 方子
ねこが見た話 (福音館創作童話シリーズ)の感想
懐かしいなあ、こんなところでまた逢えるなんて。「おおきなぽけっと」は発売されると毎号担任の先生が読み聞かせしてくれていた。小学三年生の頃だから、「キノコと三人家族のまき」が掲載されたのは1992年だっただろう。おかべりか「よいこへのみち」、いわむらかずお「かんがえるカエルくん」を楽しみに読んでいた中で、この奇妙なキノコ一家のお話のインパクトは強烈だった。タイトルと作者は忘れていても、お話の筋はきっちり覚えていたくらい。他三話は初読みで、どれも捻りが効いていて楽しかった。読み聞かせするにも程よい分量です。
読了日:11月27日 著者:たかどの ほうこ
SHAMAN KING レッドクリムゾン(1) (マガジンエッジKC)の感想
手を着けようか迷っていたけど、こちらで評価がよかったので購入。そうして驚いた、これは本当にクレジットを見なかったら武井作画だと錯覚するクォリティ。奇しくも先日、出来栄えが同じくらいの真筆と贋作の場合、真筆の価値って何かしらとこちらで云々したばかり。もちろん本作を贋作と呼ぶ訳では決してないけれど、これだけ描ける人があえて完全オリジナルをやらない理由って何だろう。肝心のお話は本編との絡みを待機しつつ、暗くなりかねない筋をホロホロがいい具合に混ぜっ返してくれてるのが嬉しい。この密度で駆け抜けてくれることを期待。
読了日:11月28日 著者:武井 宏之,ジェット 草村
ほしをさがしに (講談社の創作絵本)の感想
ネットで極小の書影を目にしてすぐに図書館で予約。手にした本書は開くと裏表紙まで使っての一枚絵で、それを眺めるだけで時間は過ぎてゆく。ページをめくると思い出す、子どものころ飼っていたハムのちいさなちいさな手の感触。その細っこい指の愛おしさと力強さ、宿る命のかけがえのなさ。身軽なはずのうさぎが重々しく蹲る様子、視点の低い接写のリアルと伝わるぬくもり。ああこれだけのものを描き出せるなら、あえての人くさい仕種はすでに無用です。お話もとても可愛らしく、絵の素晴らしさとの相乗効果で心の襞を撫でられまくる。なんてこと!
読了日:11月29日 著者:しもかわら ゆみ
ガラスのなかのくじらの感想
水族館の魚は生命の危険がなくて安泰だろうと言う時、人は生き物を囲っておくことと囲われた生き物がどう感じているかは、全く別の話だということを忘れている。情状酌量はありえない、そもそも明確な意思疎通は不可能だとわかりきっている相手を捉えたのだから。「あなたのほんとのおうちは、ここじゃないわ」そう言ってもらえたなら、どれだけ楽になれるだろう。もしくは辛くなるのか、何かを暴かれた気がして。犬は自由の身で水槽へ通い、あとからリードに繋がれて少女を連れてきた。私はむしろクジラよりもこの犬が気になって仕方がない。
読了日:12月05日 著者:トロイ・ハウエル&リチャード・ジョーンズ
バムとケロのさむいあさ
読了日:12月05日 著者:島田 ゆか
かえるの平家ものがたり (日本傑作絵本シリーズ)の感想
【4歳2ヶ月】自分用に借りてきたものを、表紙に惹かれたらしい息子が寝る前に持ってきた。読んでみて驚いたのは、平易な言葉を選び七五調に整えた本文の、声に出しやすい簡潔な美しさ。自分の朗読スキルがいきなり向上したかと錯覚してしまいそう。古式を感じさせながらも伸びやかで、草々の武装も勇ましいカエルたち。さらに野性味溢れる黒猫など画の迫力もあって、意外にも本書は息子のお気に入りに。カエルや猫など身近ないきもの、バトル(合戦)もの、かっこいい武器や防具、あたりがポイントなのかな。
読了日:12月12日 著者:日野 十成
読書メーター
読んだ本の数:119
読んだページ数:19860
ナイス数:6311
能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10)の感想
「女殺」は人物描写が濃やかで、心細げな殺人鬼与兵衛は勿論、情の深さ故に葛藤を抱えるお沢が魅力的。性根心根が見目と同じに生来のものなら、それを持て余し苦しむ与兵衛の苦悩は哀れでとても人間らしい。「菅原」は三つ子それぞれの末路に注目しながらも、命の使い方や死の美学に目が行く。生きてさえいればという現代感覚のさもしさを思う。「義経」は訳者らしい朴訥さが味わい深く、中でも源九郎狐を描く筆は生き生きと楽しい。「曽根崎」「仮名手本」死に急ぐ姿は観客の生死観と憧れを反映してのことかと、当時の受容のされ方が気になる。
読了日:01月05日 著者:
日本語と日本人の心 (岩波現代文庫―文芸)の感想
冒頭の河合先生の話では「日本語は世界の中の方言」という発言の他はあまり頭に残らず。けれど対談になってからは恐ろしい密度で、今回一読しただけでは到底理解に及ばない。主語の省略や表音文字と表意文字の混在、書き言葉と話し言葉の乖離など、論点に目新しさはないものの、心理療法士と小説家と詩人それぞれの視点は興味深い。中でも大江さんの主張は、日本語の非論理的な魅力を論理的に表現するというようなもので、理解は出来たが共感できず圧迫感を覚えた。曖昧さを曖昧なまま受け入れ表現する、河合先生や谷川さんの感覚に親しみを感じる。
読了日:01月08日 著者:大江 健三郎,河合 隼雄,谷川 俊太郎
私はフーイー 沖縄怪談短篇集 (幽BOOKS)の感想
他作に比べやや荒削りで小粒な印象、けれど表題作はとても良かった。発表時期は前後するが、先日読んだ「竜が最後に帰る場所」を彷彿とさせる。南の島に流れる時間の雄大さ、その中で繰り返し現れては消えるフーイーと、限られた時間を生きる繰り返さない島民たち。戦火の中を山羊になり白鷺になって駆け抜けるフーイーは、翔び立った崖に戻ることはない。たとえ故郷の島に辿り着けなくても。際限なく繰り返しながら戻ることだけはない、出来るのはさらに進めることだけ。たとえその先には破滅しかなくても。月並だがフーイーに人類の行末が重なる。
読了日:01月10日 著者:恒川光太郎
国づくりのはなし~オオクニヌシとスクナビコナ~: 日本の神話 古事記えほん【五】 (日本の神話古事記えほん)の感想
黄泉平坂での別れといえば、思い出すのはイザナギとイザナミ。この夫婦の決別に対し、スセリビメをオオナムヂに託し送り出すスサノオの、なんと巨きなことだろう(ナギナミ夫婦の呪い合戦もスケール大きくて好きだけど)。思うにスサノオは地上にクシナダヒメを残し、かねてより慕っていた未だ見ぬ母に会うため根の国まで下ってきたのだ。けれど若く美しいスセリビメをそこに留めておくのが哀れになったのかもしれない。ヒメの母親について記紀は触れていないけれど、地上から連れてきたクシナダヒメとの娘だと考えてみるとまた感慨深い。
読了日:01月14日 著者:荻原 規子
[現代版]絵本 御伽草子 うらしま (現代版 絵本御伽草子)の感想
巻末の原文(読みやすい!)→本文の順。浦島の話が「兄」の一言から始まると、連想するのは神話の海幸彦山幸彦。しかし本書では、老父母とともに家に残された太郎の妹が、兄を探して亀ならぬ瓷を道案内に竜宮城へ辿り着く。桃源郷とは程遠い竜宮城のありさまと、太郎がそこに囚われていることの理由。その薄ら寒い水底を写しとる、ヒグチさんの執拗な描線。思えば深海の生き物は、みな一癖ありそうな姿をしている。だあれだ、と戯れかかる幼い人魚は金襴緞子、贅沢な玩具を持っていても遊び相手がいないのではね。御伽噺の暗部は深い。
読了日:01月16日 著者:日和 聡子,ヒグチ ユウコ
[現代版]絵本 御伽草子 象の草子 (現代版 絵本御伽草子)の感想
原文→現代語訳をネットで確認→本文。象の僧が師の僧に梵語をもごもご通訳し、解き放たれた猫と追い詰められた鼠の仲立ちを務める。原典がそもそも面白いのだけど、本書オリジナルの象の僧がたいそう魅力的。山月記やバンクシーなどのパロディににやりとしつつ、語りの面白さを万倍にもする装画を隅まで味わう。桃色の像といえば酩酊時の幻を思い浮かべるが、アルコールのかわりに漂うあんもらかの強い香りにのせて語られるのは、そこだけ改変がほぼない僧の説法。原典でもここが肝だろう。出えじぷとに倣うラストは鼠たちの英断を華々しく彩る。
読了日:01月17日 著者:堀江 敏幸,MARUU
[現代版]絵本 御伽草子 木幡狐 (現代版 絵本御伽草子)の感想
原文→ネットで現代語訳を確認→本文。これが「聊斎志異」あたりなら、才色兼備の良妻賢母なんて狐だろうが幽鬼だろうが大歓迎で大団円、なんてのも珍しくない。異類じゃなくても婚姻譚に別離が多いのは何か理由でも、なんて思いながら読んでいたら、改変された現代版はさらにとんでもなかった。人間社会の乗っ取りを狙う女狐たちの育成学校だなんて、森見登美彦でも読んでいる気分。人の身の哀れを語るきしゆを見ていると、たしかに彼女の痛快なまでの執着の無さは、人より悟りに近いのではと思う。コケティッシュな装画もとても素敵。
読了日:01月17日 著者:藤野 可織,水沢 そら
[現代版]絵本 御伽草子 鉢かづき (「現代版」絵本御伽草子)の感想
大胆に洋装で描かれた鉢かづき。ラスト近く意地悪な兄嫁たちとの挿画を見て、和製灰かぶりの別名を思い出す。本書はこの作画の面白さと、鉢かづきのヒロインらしからぬ図太さ、野生児じみた野への憧れ(鉢かづきの抱く野兎が彼女自身に見える)が強く印象に残る。風呂炊き仕事に忙殺される鉢かづきが、音楽や物語を恋しく思い出し、その必要性を語るくだりには、筆者のメッセージを感じて嬉しくなる。今回はネットで探して現代語訳を先に読み、原文は長さに挫折。いつか再挑戦したい。本書の鉢かづきくらいさばけた性格なら原文も頑張れそうなのに。
読了日:01月19日 著者:青山 七恵,庄野 ナホコ
[現代版]絵本 御伽草子 はまぐりの草紙 (「現代版」絵本御伽草子)の感想
ネットで現代語訳を確認→原文(読みやすい!)→本文。シリーズをまとめて借り出してきた時、一番心惹かれた表紙が本作でした。挿絵もエキゾチックで素敵。お話の筋に改変はないものの、原文の?な箇所いちいちにツッコミを入れる橋本さんの筆が小気味良く、熟れた講師の小咄を聞いている気分になる。頻出する「はまぐり出身」表現が楽しくて、どこかにはまぐり県が存在している気などしてくる。古典を読んでいるつもりがいつのまにかメタファンタジーに!という最後の一文まで、橋本さんのサービス精神が光る楽しい本でした。七千年は長いわあ。
読了日:01月20日 著者:橋本 治,樋上 公実子
[現代版]絵本 御伽草子 付喪神 (現代版 絵本御伽草子)の感想
絵は京極読者にはおなじみの石黒亜矢子さん、絶妙にまるっこく愛嬌あふれる器物の妖怪たちの姿が楽しい。町田康は宇治拾遺物語の現代語訳と本作しか私は読んでいないのだけど、これを作風と思ってよいのかどうか。とにかく軽いうえにも軽い若者言葉がいっそ小気味よく、バリアにビームが炸裂するスペクタクル妖怪バトルが展開する。サクサク音がしそうなくらい簡単に人が死んでいくが、人と物が反転しても人の所業の方がまだ酷いだろうな。原文は冒頭こそ読みやすいものの、後半に入り仏教用語が頻出するようになってからは難解で、素直に諦めた。
読了日:01月20日 著者:町田 康,石黒 亜矢子
千年後の百人一首の感想
触れるその時々で好きな歌が変わり、振り返って自分の変化を知る。どんな時代も変わらずに在り続ける百人一首の偉大さを思う。この本で惹かれたのは47「八重葎しげれる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり」恵慶法師。誰も足を踏み入れたことのない奥山に塗り込められたような一面の紅葉、そこには歌人の目も届かない。歌意からは外れるけれど、そんな凄絶な景色を想像してしまう。清川さんの作品は印刷だと糸の艶やビーズのきらめきが埋もれてしまう、けれどそこに最果さんの言葉が乗ると、不鮮明さは薄紙越しの柔らかな鷹揚さになる。
読了日:01月23日 著者:清川 あさみ,最果 タヒ
はこぶの感想
【3歳3ヶ月】長らく不振だった息子本、久しぶりのヒットは安定の鎌田歩さん。本作は「ぎんちゃん」「ぷるたくん」のようなお話のある本ではないけれど、大好きな乗り物がこれでもかと詰め込まれた表紙を見るなり息子の目は輝く。本を開くと原始人のおじさんがたくさんの果物を前に「はこべるかな?」素手で抱える、袋に入れる、牛に牽かせる、車が登場、船に飛行機に、最後はロケット!しかもこの宇宙飛行士さん、よく見ると。。大人も一緒に覗き込んで楽しめる、シンプルだけど飽きのこない素晴らしい絵本です。明るく優しい色遣いの絵が大好き。
読了日:01月23日 著者:鎌田 歩
サイコパス (文春新書)の感想
チャンドラン「脳の中の幽霊」で知った神経科学の面白さ。フィクションをきっかけに興味を持ちつつも、偏見と誤解を自覚しているサイコパスについて、話題の本書で触れてみる。文章は平易で専門用語は少なめ、読書好きでない人にも通読しやすそう。著者は脳科学者でチャンドランとは専門が違うが、例に挙がる症状や人名には共通のものがいくつもあった。サイコパス(反社会性パーソナリティ障害)の心理的・身体的特徴(不安や恐怖を感じない、心拍数が少ない等)やそれがもたらす社会的影響の他、自分自身をどう見ているかという内容が印象的。
読了日:01月25日 著者:中野 信子
ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話の感想
軽い気持ちで手に取り、冒頭の蓑虫の話にはっとして襟を正す。そのまま息を詰めるように読み終え、深い深い溜息を吐いた。肺癌の進行していく母親を見守りながら、生と死について尽きせぬ問いを繰り返す作家。それは私にも覚えのあるもので、けれどいつか問うことを諦めていたもの。天の采配によって巡り合ったとしか思えぬ医師は、縦横に例を引きながらその問いをさらに深くする。有性生殖の限界、種の存続と個体の死、進化の果て。死を間に置く二人から繰り言は聞かれず、あるのは刺激的な話題の飛躍と不思議な清々しさ。何度も読み返したい本。
読了日:01月26日 著者:上橋 菜穂子,津田 篤太郎
翻訳できない世界のことばの感想
絵本と勘違いした息子が「これ読んで」、君には難しいと思うけど?「いいから」。私のよむ異国の言葉を曖昧に復唱し、画から自分の知るものを探して喜ぶ。彼を見ていると、文字を覚える前の耳の良さと、案外正確なそのイメージ力に驚かされる。ウェールズ語の「hiraeth」やズールー語の「ubuntu」に詩情を感じてしんみりする中、トゥル語の「karelu」を日常語彙に輸入できないものかと思案する。衣服のしめつけの跡だなんて、絶妙に愉快で愛らしいじゃないの。言葉が生み出された背景も気になる、一体どんな服飾文化の中で?
読了日:02月01日 著者:エラ・フランシス・サンダース
太陽と乙女の感想
例えばデッサンでは、一部分ずつ描き込みながら完成させる人と、全体に均一に手を入れながら完成させる人がいる。前者は全体のバランスを取り辛いために良くない例とされるけれど、例外的に面白い作品を仕上げてくる人がいる。森見さんの文章はその例外をいつも思い出す。凝りすぎて破綻を抱えても押し通し、読み手にそれを呑み込ませる力技の愛嬌。正直内容は二の次で、この文章を愛でて楽しみたいだけなのだ。お腹の底からぷつぷつと沸き上がる愉快な音楽、愛すべき森見登美彦節。赤玉ポートワインを愛飲した曾祖母さんのエピソードが素敵。
読了日:02月05日 著者:森見 登美彦
いっさいはんの感想
これは絵本だけど完全に大人向け。ネタはシンプルなあるあるだけど、イラストの愛らしさとページへの詰め込み方でかなりお得な気分になる。ついこの間までいっさいはんだった気がする息子のいちいちを思い出し、楽しくなったり切なくなったりせわしなかった。中でもおむつ替えと歯みがきのときの、ホールドの仕方がまったく同じで苦笑いしてしまう。今ではすっかりお兄ちゃん気取りの3歳児だけど、それも数年後十数年後に振り返ってみれば懐かしく愛しいものなんだろうな。息子の残り少ない幼児期を大切に過ごしたいと改めて思いました。
読了日:02月06日 著者:minchi
私たちの星での感想
例えばこのお二方がアニミズムを話題にするなら、どんな深みと飛躍を見せてくれるだろう、と思う。あの世界観の中でのびやかに歩いて筆をとる梨木さん。まさか素朴すぎて論外ということはないだろう。宗教はいつも不可解で興味が尽きず、入門から軽い哲学までそれなりに読んできた。一神教はまず神ありき、神のために人間が存在し、だからこそ神の名のもとに戦争が起こる。このことが頭にあったため、カリーマさんの言葉には端々で驚かされた。生きた個人の信者を知るまでは予断を持つまいと構えていたけれど、やはり本はどこまでも人ではない。
読了日:02月07日 著者:梨木 香歩,師岡カリーマ・エルサムニー
命の意味 命のしるし (世の中への扉)の感想
「ほの暗い永久から出でて〜」からの流れで手に取る。上橋さんの生死観が児童書の枠の中でどのように語られるのかと思ったのだが、開けてみればお相手の斎藤先生のお話の方に興味を持って行かれた(上橋先生はお話を引き出すのがお上手なのかも)。お二方に共通するのは自然への感覚で、それは破壊したり守ったりする対象ではなく、人間もその中に含まれる全体を指す。人と鳥という境界を超え、ひとつの命と命として対等に向き合おうとする斎藤先生の姿に胸打たれた。数十年も現場に立ち続けている方の言葉は、ありふれたもののようでもやはり重い。
読了日:02月10日 著者:上橋 菜穂子,齊藤 慶輔
なくなりそうな世界のことばの感想
アイヌ語「イヨマンテ」は、中沢新一「熊から王へ」で詳しく読んだ熊送り儀礼のこと。ワヒー語「プルデュユーヴン」=家畜に乳を出す気にさせるという語にも、イヨマンテと似たにおいを感じる。どちらも熊や家畜は霊のある一個の生き物として扱われているのだろう。「マラミク」は話者のいなくなってしまった大アンダマン混成語でいう死後の世界だが、それは夢の世界でもあるらしい。ならばそこはポポロカ語でいう「バサーオ」=たどり着けないほど遠い(主に心の距離が)、とまでは言わないだろうな。簡単な世界地図を付してもらえると嬉しかった。
読了日:02月15日 著者:吉岡 乾
チェコの十二ヵ月―おとぎの国に暮らすの感想
キリスト教以前の土着の信仰がおおらかに息づきながら、つい最近までの社会主義は名残りもない。小さく偉大な祖国を愛する人々の国チェコの12ヶ月を、朗らかでマイペースな出久根さんが11年の歳月をかけてのんびりと見回す。山姥を彷彿とさせるような魔女の存在感、残念という名の国民車、名も明かさぬまま出会って別れた人とのコンサート。そして何より羨ましかったのは、観客を乗せて走り出す電車と車窓の市街劇。おとぎの国ではこれも日常なのかと、耳慣れない地名や人名もあいまって夢見心地の浮遊感を味わう。もちろん挿画も魅力的です。
読了日:02月15日 著者:出久根 育
RDG レッドデータガール 氷の靴 ガラスの靴の感想
チーム姫神の姿をまた見られるとは思っていなかったので、嬉しかったし楽しかった!しかも番外編の短編だけではなく、ガッツリ本編の続きを中編で読めるなんて。物語の展開よりも糖分多めの読者サービスを予想していたものだから、ラストの真夏には私まで胸が凍る思いをしたけれど、シビアながらも端々でこそばゆい高校生たちのやりとりを、今回も堪能させて頂きました。ココアの件など細かい部分を忘れていることに気づいたので、また読み返すのも楽しそう。しかしこんなサプライズをもらったら、無粋を承知でさらに続編を期待したくなっちゃうよ。
読了日:02月22日 著者:荻原 規子
おたすけこびとの感想
【3歳4ヶ月】重機大好きなのにこれまで見向きもしなかった息子。バレンタインのガトーショコラを一緒に作った翌日から、急に本書を大好きに。おもちゃサイズの精密な重機に、こびとの何でも屋さんが乗って作るのは、(こびとたちにとっては)大きな大きなバースデーケーキ。ホイールローダーとオフロードダンプで粉類を運び、ミキサー車が生クリームを泡立て、ウイングトラックが苺を運ぶ。最後にヘリコプターが飾りのクッキーを乗せれば出来上がり!画面のすみずみにまで遊び心があふれ、小さなドラマをみつけていつまでも楽しめる素敵な絵本。
読了日:02月23日 著者:なかがわ ちひろ
きょうのごはんの感想
【3歳5ヶ月】この本仕掛け売りしたなあと、書店員時代を懐かしんで手に取る。焼き魚が大好きな息子は表紙を見るなり「おいしそう!」、私も秋刀魚は大好物。絵が命の絵本らしく絵一本で勝負してくる漢前な本書を見ていると、ページから伸びた見えない手が胃袋をがっしり掴んでくるのがわかる。決して写実的ではないのに、においや温かさまで感じ取れるこの絵力。遊び疲れて家路を急ぐ夕暮れ時、どこからか流れてくる煮炊きの気配に鼻を尖らせ、見知らぬ食卓に上るおかずを推理する。うちは今晩シチューがいいなあ、なんて思いも懐かしい。
読了日:02月24日 著者:加藤 休ミ
しんごうきピコリの感想
【3歳5ヶ月】「こんにちは ぼくはパトカーです。きょうはしんごうきのおはなしをします」から始まり、「しんごうきのいろをみて こうつうルールをまもりましょう」で終わる本書に、息子は声を上げておおはしゃぎ。読み終えたとたん「もういっかい!」、もちろん私もノリノリで応える。食いしん坊の彼はオレンジ信号がお気に入り、私はこのキャビンカンパニーらしい大胆な色彩のダンスに見惚れ、二人で何度でもページを繰る。カタツムリの親戚じみた車たちは、目玉のサイドミラーが懐かしいデザイン。街並みもどこかレトロモダンでぐっとくる。
読了日:02月24日 著者:ザキャビンカンパニー
エリコの丘から (岩波少年文庫)の感想
「タルーラ」なんて「パピヨン」よりずっと魔法のにおいがするのに、これは呪文ではなく女性の名前。彼女は煙草と犬と大道芸を愛した才気あふれる女優で、美しくはないが忘れられない顔立ちをしており、肉体が死んでからはラハブの宿に暮らしている。主役の少年少女よりも神秘の宝物レジーナの石を探す冒険よりも、ただこのタルーラの魅力に惹きつけられる。〈クローンたち〉の群れに馴染めないジーンマリーの閉塞感は私にも覚えがあるけれど、移民ゆえの疎外感を持つマルコムの孤独は見えにくい。魔法という見えない世界は彼にこそ必要だったはず。
読了日:02月25日 著者:E.L. カニグズバーグ
妹背山婦女庭訓 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 5)の感想
古典イベで知ったシリーズ、蘇我入鹿が悪役と聞き興味を持った本書から。作中では、三作の手紙を手にして地蔵の前に立ち尽くす杉松の画が印象深い。谷底のような背景から「山の段」とつい重ねて見てしまうが、今生では結ばれなくとも死後には夫婦となれた久我之助と雛鳥に対し、幼いまま親の体面のため理不尽に殺された杉松の方に、どうしても思いは傾く。とはいえ吉野川を中央に据え両岸に引き裂かれた恋人たちの構図は、七夕伝説を彷彿とさせる美しさ。さらに画を通して見ると面白いのは苧環の魅せ方で、「道行恋苧環」の狂おしさは舞台で見たい。
読了日:02月25日 著者:近松 半二,橋本 治
国性爺合戦 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(4))の感想
面白かったー!近松門左衛門すごい!和藤内の問答無用の豪傑ぶり、小睦の負けん気、渚の天晴。甘輝の血滲む決意と錦祥女の健気も忘れ難い。全編ドラマチックで息吐く間もない矢継ぎ早の展開ながら、読み手を混乱させない橋本さんの語りと、うねるように押し寄せる岡田さんの艷やかな色、線、華。日本と明を股にかけためくるめく玉座奪還の大活劇、それを混血の漁師がやってのけることの爽快感。序盤の花いくさも華麗でいいし、九仙山の場面は下界とのコントラストがピリリと小気味良く、緊張感にうっとりする。これは形を変えても大傑作とわかる!
読了日:02月25日 著者:橋本 治
ツクヨミ 秘された神の感想
ツクヨミの不在は、記紀を読む人なら誰もが一度は疑問を持つ点だろう。連想するのは河合隼雄のいう中空均衡構造だが、成程と思いはしても物足りなさを覚えたのは、それがツクヨミ自身を語る言葉ではなかったから。その点、神宮の祭神や三種の神器との対応などから論考を進めていく本書は、飛躍も少なくすんなりと整合していて、かえって身構えてしまうほど面白い。文章も平易で敷居の低い良書だと感じたが、神器の形代を単にレプリカと書いてしまっては、誤解を招くのではないかと気になった。とはいえツクヨミ=天武説は支持したくなる説得力。
読了日:03月05日 著者:戸矢 学
オオクニヌシ 出雲に封じられた神: 古代出雲の葬られた神の感想
神話はすべて元となる史実があることを前提に、記紀・風土記・続日本紀などの記述を深読みしすぎず素直に読み込む。改変を疑わせる箇所には、より自然と思われる仮説をあてて丹念に検証する。神社の立地・様式や名に使われた漢字の音訓を論拠にとり、作為の目的を探す過程は謎解きめいて楽しい。道教の影響を背景に据え、御霊信仰の発想から〈古事記が真に慰霊鎮魂したかった者〉を導き出したときに見えてくるもの。古代出雲に大国を夢見る人には要注意の展開をみせるが、私にはとても面白かった。死者には、抱いて眠るための物語が必要なのだ。
読了日:03月08日 著者:戸矢 学
日の鳥の感想
「ぼおるぺん古事記」で日本の創生を味わい深く描いてみせてくれた、こうのさんの筆による震災のその後。突然いなくなった妻を探して旅するのは、真っ赤なトサカに白い羽がイカした雄鶏。折れた街灯や歪んだ敷石に妻の面影を重ね、その辺の道草で腹を満たしながら、語りかける心の声がどうにもこうにもとぼけている。光りものが好きで血の気が多い妻、美しく怪力で重量級だった妻、今なお愛妻家で恐妻家の雄鶏。どんな毎日も続いていく限りは日常。目の前の日常をひとつひとつ触って確かめていくような、体温のある描線がこの人の持ち味なんだろう。
読了日:03月08日 著者:こうの史代
菅原伝授手習鑑 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(3))の感想
浄瑠璃版を三浦しをん訳で読んだ時は混みいったお話のように思えたけれど、絵本の体裁に収めた本書はすっきりしていて読みやすい。梅松桜に燕が舞い乱れる画面は常と変わらぬ華やかさだが、その中にあって園生の前や覚寿のきりりとした装束が目に鮮やか。お話の方でも薙刀を構える八重の勇ましさ、小太郎を送り出す千代の痛ましさなど、女人の姿にばかり気を取られる読書だった。白地に菜の花が和やかな一連の画は、白太夫の元で過ごせば平凡な農夫となっていたかもしれない三つ子たちの、運命の皮肉を見せつけられるようで切なく心を打った。
読了日:03月09日 著者:橋本 治
義経千本桜 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻(2))の感想
浄瑠璃版をいしいしんじ訳で読了済。シリーズ順不同4冊目、今回初めて橋本さんの語りに違和感を持つ。フーゾクって、確かにそうだけど工夫が欲しい。設定と構成はよく出来た少年漫画のよう、話の筋は定説を無視した荒唐無稽ぶりだけど、たまたま御霊信仰の本を読んでいたせいか、慰霊と鎮魂という言葉が胸に浮かぶ。不遇の義経は勿論、平家生き残りの三人についても。江戸の頃には源平の世は遠い昔で、観客は彼らに哀れみと滅びの美学を見たのだろうか。画が映えるのはやはり静御前と源九郎狐で、乱立する伏見稲荷の鳥居も心憎い。
読了日:03月10日 著者:橋本 治
仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))の感想
浄瑠璃版を松井今朝子訳で読了済。忠臣蔵と聞くと男世界の死の美学を思い浮かべるのに、読んでみるといやに艶っぽい。という印象だったこのお話を、絵本でどう料理してみせてくれるのか楽しみにしていた。読んでみておやと思ったのは躱しに躱したそこではなく、橋本さんの端的な補足のおかげで、各人の心情がとても理解しやすくなっていたこと。画は銀杏と蝶の重なるシルエットが印象的、だんだら染めの地獄蝶も恐ろしくて良い。その他には枯れた風合いの本蔵にときめいたり、手真似で銭やらgoodやら合図を送る師直に吹いたりと楽しかった。
読了日:03月11日 著者:竹田 出雲,並木 千柳,橋本 治,三好 松洛
日本史年表・地図(2012年版)の感想
歴史・古典関連の副読本として非常に優秀な1冊。2色刷りの年表は横軸に社会・文化・世界情勢など基本項目の他、文学・仏教・美術ほか民俗面も詳細に記載。大宝律令以来の官職名が整理された官制表や、皇室ほか有力氏族の系図は王朝文学の読解補助に。カラー地図は旧石器時代の遺跡の分布に始まり、古代の交通事情が都までの所要時間で示された条里制遺構の分布図が楽しい。戦乱と進軍経路は壬申の乱から世界大戦まで、戦国時代は特別扱い。巻末資料には歴代の通貨・服装のほか花押・家紋、神社の建築様式なんてものも。
読了日:03月14日 著者:
十一月の扉 (新潮文庫)の感想
世間の荒波へ容赦なく放り出される前に、こんな物語で楽しく予行練習できたなら、どんなに心が軽くなっただろう。私はすでに中年なので、その逆の読み方をした。つまり、物語を読み書きする少女時代を爽子に、世間嫌いをその母親に、風変わりな家庭での育ちをるりちゃんに、風変わりな家庭作りを馥子さんに、画学生時代を苑子さんに、友人たちとの共同生活を夢見た過去を閑さんに、それぞれ少しずつ重ねながら読んだのだ。すると最後の夜、夏実さんの弾く「飛翔」に解き放たれた爽子の心は、私のわだかまりも一緒に連れて行ってくれたのだった。
読了日:03月17日 著者:高楼 方子
日の鳥 2の感想
物語と現実の違いは、ページに終わりがあるかどうか。本書はもちろん現実ではないけれど、最後のページに再会の用意があるようには思えない。けれどそれでも続いていく日々。雄鶏が訪れる町々では変化よりも不変が目に留まる、それは、いくらかの年月が過ぎても現状はこうなのかという驚きと、それを知らずにいたことへの戸惑い。義務や使命感といった堅苦しさは微塵もない、目に映る景色をのんびりと写し取る描線は、むしろシビアさとは逆を行くようでもある。そんな中、ただ一度夢の中で語りかけてきた妻の、光の羽根に撫でられて息を詰めた。
読了日:03月18日 著者:こうの史代
半減期を祝っての感想
1つのチョコバーを永遠に食べ続ける方法、それは、常に半分だけを食べて残りを皿に取っておくこと。次もまた半分だけを食べ、残りは皿に。大島弓子「ロングロングケーキ」の冒頭だけれど、セシウムの半減期が報道でさかんに言われていた頃、私の頭にいつも浮かんでいたのはこれだった。30年後の日本で、この半減期を祝う行事がひっそりと始まる。愛国少年団と政府の関係はナチとユーゲントそのもの、なし崩しに軍国化されゆく現況を思うと笑えない。けれど真に恐ろしかったのは、どんな異常事態にも慣れ、脅威を脅威と感じなくなる人の心だった。
読了日:03月19日 著者:津島 佑子
鬼に喰われた女―今昔千年物語の感想
今昔物語に材をとる掌編怪談10編、うち原典既読は2編。いずれも妖しく艶めき時にもの哀しく読み応えは充分だが、装丁がどうにもいただけない。平安の世に現れた怪異の源を縄文と弥生の民族衝突に求める「闇に招く手」は子を想う母の姿が狂おしく、ページを繰る手が止まりがち。女たちのさがを営々と続く土着信仰と絡めて語る「蛇神祀り」も良いが、最も印象的だったのは「死ぬも生きるも」。道祖神の声だけに心を澄まし暴漢をやり過ごす女の姿に、娼婦と聖母のマリアを重ね見る信仰はこのようなものかと錯覚する。赤子への慈愛の美しさよ。
読了日:03月20日 著者:坂東 眞砂子
おくのほそ道を旅しよう (角川ソフィア文庫)の感想
陸奥に歌枕を訪ねる芭蕉と曾良。その足跡を辿る田辺さんの筆は、芭蕉が愛した西行の歌や奥州に残る義経の面影へと自在に行き来する。原典は原文と現代語訳を昨年読んだばかりだが、俳諧のほか故事や漢文などの素養がなければ味わうことの難しい作品だとの印象をまた新たにした。けれど本書は決して肩肘張るものではなく、語尾の切れ味鋭い編集者妖子さん、昼食は必ずトンカツ定食のカメラマン亀さんなど、同行者とのやりとりは軽やかで楽しい。田辺さんが引く「曾良日記」や地元に残る石碑を見るにつけ、芭蕉が端折った地元の人々との交歓を想う。
読了日:03月24日 著者:田辺 聖子
おねえちゃんにあった夜 (児童書)の感想
一度与えられたものを失うことと、あらかじめ失われていることは違う。後者はその悲しみになかなか気付かない、意識することさえないのかもしれない。男の子は悲しみから喪失を知り、喪失から存在を知る。あの夜はじめて彼は「弟」になったのだろう、そしてもちろんお姉ちゃんも。悲しんで、悼んでもらって初めて姉と弟になるのだ。けれどそれは温かな悲しみ、喜びの涙でもある。これからの長い人生でいつかひとりぼっちを感じたとき、弟はまた背中に姉の体温を感じて生きていくのだろうから。それはきっと父や母を照らす光にもなるだろう。
読了日:03月24日 著者:シェフ アールツ
美しき小さな雑草の花図鑑 史上最高に美しい雑草の花図鑑。雑草はこんなにも美しい!の感想
かつて「雑草という名の草はない」と言ったのは昭和天皇ではないらしい。実寸5mmに満たない野の草花を、深度合成という手法を使って紙面から溢れんばかりのどアップで掲載。添えられた文章は草花への愛情に満ちて快調、いつのまにか通読していた。キク科は花弁1枚に見えるものが1つの花で、見慣れたあの姿はたくさんの花の集合体というのは驚き。野の花が小ぶりなのは、近親交配のリスクを負っても同花受粉を選んだからだというのはドラマチック。散歩道でみつけて気になっていた黄色のつやつや花弁は金鳳花(キンポウゲ、馬の足形)、すてき!
読了日:03月26日 著者:多田 多恵子
ふしぎ駄菓子屋 銭天堂の感想
小4の姪っ子へお誕生日にあげたうちの1冊。面白かったよ!と貸してくれたので、さっそく読んでみる。ふしぎな駄菓子屋〈銭天堂〉で売られているのは、買う人の願望を叶える奇妙なお菓子。ただし用法用量を間違うと大変なことにー、という趣向の掌編が7つ。どれもSS並の短さながら、おっと思わせる展開が楽しい。銭天堂おかみの紅子さんも存在感抜群で、大人読者としては、お客に大人も含まれていることが嬉しい。印象的だったのは6話目の「クッキングツリー」、子どもに向けて書かれた母親からの虐待にドキリとする。
読了日:04月01日 著者:廣嶋 玲子
先祖の話の感想
仏は仏陀を指す以前にまずホトケという言葉があり、古来よりそれは死者を意味したと柳田は言うが、後世GODに神の字をあてたのと同じくらい、これは語弊を招くまずい選択だったと思う。正月に祭る歳神の本来の姿を考証し、盆との対応や春分秋分との関連から、古来よりの祖霊信仰のあり方をあぶり出す。ご先祖様と聞いて思い浮かぶのはお仏壇にあった古い写真で、そこには知覧から特攻して玉砕した若き大叔父の顔があった。終戦間近の頃、柳田はまさに彼らのために本書を物したのだ。大きな震災を経験したいま、その慰霊鎮魂への熱情が胸に迫る。
読了日:04月06日 著者:柳田 國男
魔女ジェニファとわたし (岩波少年文庫)の感想
3冊目のカニグズバーグ。クローディアやエリコに比べて本作はややシンプルに感じたけれど、読後の爽快感は変わらない。幼いころエリザベスと同じく〈魔女ごっこ〉に夢中だった私は、ジェニファのように謎めいて魅力的な友達が欲しかった。けれど私の相棒はある日言ったのだ「ぜんぶ嘘なんでしょう」。ジェニファのカリスマ性が万分の一でも私にあれば、エリザベスの純真さが百分の一でも彼女にあれば、あの遊びはどう展開しどう収束しただろう。けれど本当になりたかったものは魔女などではなく、どんなに陳腐だろうと結局のところ〈それ〉なのだ。
読了日:04月09日 著者:E.L. カニグズバーグ
少女たちの19世紀――人魚姫からアリスまでの感想
自由な尾ヒレを捨てて痛む脚を手に入れた人魚姫。原作では男装していた姫の行動力、けれど男性社会で歩く自由を手に入れた彼女は、弱音を吐くための声を持たない。美しい歌声で船人を惑わすセイレーン、彼女もその種族の一人であったのに。最期は望み潰え泡と消えた姫。けれど彼女が本当に望んだのは王子の隣の席ではなく、王子の持つ自由さそのものではなかったか。その王子が選んだ王女は美しく優しい女性だが、完全無欠のカップルに漂うこの空虚感はなにゆえか。魂を持たないはずの水妖が体現してみせる、19世紀の少女たちの夢と憧れ。
読了日:04月12日 著者:脇 明子
いまはむかしの感想
楽しかったー!かぐや姫がツクヨミの娘というさわりが気になりつつも、ソフトカバー+イラスト表紙を警戒して手を出さなかったのだけど、読んでみれば意外なほど摩擦の少ないしっかりとした文章で、あっという間に読み終えちゃった。もっと詰めてほしい深みを見たいと思わせる部分、定形に流れて惜しいと思わせる部分はあったけれど、王道な展開も美味しく全体に好印象でした。十代で読めていたら、勾玉三部作に次ぐ愛読書になっていたかも。好みど真ん中で嬉しい出会いでした。若返るわあ。
読了日:04月14日 著者:安澄加奈
はるか遠く、彼方の君への感想
源平合戦末期にタイムスリップした3人の高校生、現代に戻る鍵は三種の神器。義経×時間旅行×神器探し、あまりの王道ネタ盛り合わせに鼻白む。けれど作者らしい堅実な文章を追ううちに、硬化のあげく崩壊しかけていた夕鷹の心がゆるやかにほどけてゆくさま、一途に弓を引く先で淡い恋を芽吹かせる華月の初々しさ、病床の美弥姫と心を重ねる中で真の強さ優しさを身につけていく遠矢の姿に、いつの間にか一喜一憂していた。物語はまだ詰められる、深められる、それを見たいのにと歯噛みしながらも、読み終えた時には爽やかな満足感がありました。
読了日:04月17日 著者:安澄 加奈
かがみの孤城の感想
本書を、不登校の当事者である子はどう読むのだろう。こころたちの辛さが身に迫ってくるほど作者の残酷さを思う。登場人物達にいくら我が身を重ねても、本を閉じればあるのは変わらぬ現実だけ。鏡の城に招かれる幸運は実際にはありえない。彼らの苦しみをたかが読書で理解した気にならぬよう身構えながら、一進一退を繰り返しつつ距離を縮めていくさまを息を詰めて見守る。そうして間もなく気付いたことは、これは断じて残酷な話などではないということ。祈るようなこころの闘いとそれがもたらした救済の環は、世界は一つではないというメッセージ。
読了日:04月20日 著者:辻村 深月
夢も定かにの感想
新参者のみそっかす若子、男勝りの才媛笠女、魔性の美貌春世。奈良時代の後宮を舞台にした采女たちの物語。采女メインも珍しければ、地方豪族出身の彼女たちと対照的に畿内豪族を出自とする女官、氏女についても描かれた作品はとても珍しいように思う。首帝(聖武天皇)の御世、長屋王や藤原四兄弟も登場するが、あくまで筆は働く女性である采女たちの生活を追う。当初、舞台を古代に移しただけで内容は現代モノと変わらないのではと鼻白んだが、読み進めるにつれ彼女たちが置かれた特殊な立ち位置(妾妃候補兼女官)の内情が見えてきて面白かった。
読了日:04月23日 著者:澤田 瞳子
西鶴名作選―現代訳 (1984年)の感想
好色五人女、好色一代女、日本永代蔵、世間胸算用より数篇ずつ、現代語訳のみ。地元図書館では選ぶ余地なく借りた本だが、歯切れのよい訳文が読みやすく、大変面白く読了した。駆け落ちや姦通などの恋愛事件を扱う五人女では、詳細を知らずにいたお夏・清十郎の顛末を読めたことが嬉しい。一代女は色道に生きた女性の回顧録。永代蔵と胸算用は町人たちの懐事情を書いたもので、節季ごとの掛け回収や年越し準備など、事細かに描出された江戸の人々の生活風俗が興味深い。日本商人は不誠実で中国商人は実直だというくだりが印象的で、偏見を恥じた。
読了日:04月26日 著者:井原 西鶴
石の神 (福音館創作童話シリーズ)の感想
それぞれに豊かな才能を持つ二人の少年石工、対照的な彼らを通して描かれる厳しくも温かな職人の世界。神業と言葉にはするが、隠れたがりの石神は昏い場所が好きなのだろう。捨吉の心に宿っていたそれは、寛次郎によって根の国から引き上げられた。やがて苦しくも楽しいモラトリアムは終わる。けれどどんな世を渡っていても、見えない手は互いの鑿を支えている。読んでいて何度もはっとした。ひとつの道を究めることの厳しさ尊さ美しさを、平易な言葉だけで見事に描き出している。些細なやりとりを積み重ねて関係性を表す、群像劇としても見事。
読了日:05月01日 著者:田中彩子
天狗ノオトの感想
たとえば「遠野物語」を読むとその詳細な地所の記録に目を留め、そこを訪れれば今でも河童や山人に逢えるのではないかと夢想する。山は開墾され里山は姿を消し、市町村合併で地名まで変わっていても、土や木や空気には何某かの名残があるのではないかと。本書を読み終えたとき、確かめるまでもなく諦めていたそんな幼い夢を思い出した。うちとける暇さえなく別れた祖父と、再会を願って果たせなかった古い友人、二つを繋げた1冊のノート。少年たちの見上げた空には天狗が舞い、肩には見えない手が置かれる。包み込まれるようなラストに目を閉じた。
読了日:05月03日 著者:田中 彩子
ヒルコ---棄てられた謎の神の感想
アマテラス=ヒルメ、ヒルメとヒルコは双子では、という説には頷いてしまう。ツクヨミやスサノオと併せて四神に対応させるのも納得。けれども徐福伝説は、たとえ信頼できる記録があるにしろ内容があまりに突飛なので、ここでヒルコに結び付けるのはいささか強引なのではと思う。とはいえ一度分かれた系譜が神武で再び一つになる=皇統というのはドラマチックで楽しい。ただあまりの整合ぶりに却って慎重になる。人が死して神上がる神道の思想は馴染み深いけれど、記録の不確かな古代にまで遡り神名の一々に実在の人物を見ようとすると、やっぱりね。
読了日:05月08日 著者:戸矢 学
四谷怪談 (日本の物語絵本)の感想
岡田さんの画めあて。蝙蝠や櫛がつねに不穏な気配を漂わせているものの、お岩の面相の変化や血生臭い場面などでの直接的な表現はなく、やや物足りない。話の筋は大胆に端折っており、お袖などは最後にちらりと出るだけで、いっそ出さなくてもよいように思えた。文章はひらがなを多用しているものの、言葉そのものが時代がかっているので、子どもに理解しやすいとは思えない。絵本に収めるために文章量を減らさなくてはならないとはいえ、人物描写は特徴をわかりやすく加筆するくらいでないと、読み手は混乱してしまうように思う。辛口失礼しました。
読了日:05月08日 著者:さねとう あきら
なずず このっぺ?の感想
【3歳6ヶ月】息子本、久々のヒット!鼻にかかったくぐもり声でタイトルを読むと、もうそれだけでくつくつ笑う。ひと抱えもある大きな本には贅沢な余白。渋めの色味で描かれたのは、どことなく奇妙で愛嬌溢れる身近な蟲たち。なずずこのっぺ?ーわっぱどがららん。初耳のようで耳馴染みのよい、どこかの方言にでもありそうな蟲語の響きに、想像力をくすぐられる。この楽しさは声に出してこそのもの、黙読で魅力は伝わらない。知っている言葉は何一つないけれど、ダイナミックな筋と細部のドラマは何度でも味わいたくなります。じゃじゃこん!
読了日:05月09日 著者:カーソン エリス
二ギハヤヒ---『先代旧事本紀』から探る物部氏の祖神の感想
神道は本地垂迹の歴史が長く、仏教と習合される前の姿は再現不能だと、当然のように諦めていた。大和ことばの音に還元された神名から、または神社と祭神の関係から、為政者に都合よく改変される前の本来の信仰の在り方と、お馴染みの神々がかつて人間だった頃の歴史が丁寧に解きほぐされていく。その過程に今回もわくわくした。ニギハヤヒは東征の流れの中でも浮いているけれど、ヒルコほどのインパクトはなく見逃しがちな存在なので、目のつけ処が嬉しい。つい先を急いでしまうけれど、次回はメモを取りながら再読してみようと思う。
読了日:05月14日 著者:戸矢 学
新訳 説経節の感想
楽しかったー!伊藤さんの説経節、まだまだ読みたい。現代語訳制覇をお待ちしています。収録三作では小栗判官はタイトルだけ、しんとく丸は折口版と寺山版を既読(別物!)、山椒太夫は筋を知っている程度。どれも勧善懲悪の大衆向けで、お約束満載なのにふしぎと飽きない。演者の語りを人垣の後ろから覗き込むような臨場感。小栗や安寿の不運を嘆き、照手や乙姫の逞しさに舌を巻く。道行の地名羅列の名調子、決まり文句の心地よさ。ああこれを読むのではなく聞けたなら、無理ならせめて原文には当たってみよう。お次は「かるかや」、楽しみです。
読了日:05月16日 著者:伊藤 比呂美
かるいお姫さま (岩波少年文庫 (133))の感想
魔女の呪いにより重さを奪われたお姫さま。風が吹けば体は飛ばされ、心も軽く涙を知らない。彼女が愛したのはただ一つ、体を繋ぎ止めてくれる湖で泳ぐこと。奔放で虚飾のない彼女に惹かれた王子さま。靴磨きに身をやつし、その靴にキスをする。報われない恋に命を捧げ、その身をもって湖の穴を塞いだ彼が引き換えに求めたのは、彼女の手ずからの食事と眼差しだけ。動けない体に湖水は迫り、軽薄な姫はあくびする。メルヘンの世界にコケティッシュなお姫さま、王子さまもステレオタイプなのに、どうしてこんなにエロティックなのか。魅了されました。
読了日:05月17日 著者:ジョージ・マクドナルド
しゅるしゅるぱん (福音館創作童話シリーズ)の感想
叶えられなかった夢ややり場のない哀しみは、どこへ行けばいいのだろう。持ち主すら忘れはてた思念は。輝かしく未来を照らした日々もあったはずのそれらが、あるとき姿を持って現れる。「しゅるしゅるぱん」は合言葉。人恋しさに降りてきた山神さまの悪戯に、村人たちが言う「気付いてますよ」。見えなくても、話せなくても、そこにいるのでしょう。それは優しくてとても残酷な名前になる。「かあさんがそう呼ぶから」。ごめんね、辛くて忘れるしかなかったことも、全て含めて私だったね。しゅるしゅるぱん、見えなくてもそこにいる。
読了日:05月18日 著者:おおぎやなぎ ちか
夏の朝 (福音館創作童話シリーズ)の感想
亡き祖父の遺品整理が進むとき、家も長い寿命を終えようとしていた。庭の蓮池がつないだ過去と今、それは草むらに佇むお地蔵さまが最後に見せた奇跡かもしれない。莉子は普通の子どもだけれど、少年時代の祖父や小夜子さん、何より今は亡き母の、祈り願い望みを宿した身でもある。けれど本来だれを助け救われたかによらず、子どもとは皆そのような存在なのだろう。青空にすっくと立ち大輪の花を咲かせる蓮のように、健やかであれしなやかであれ。ただそこに在るだけでいいのだ。最後の数ページ、それまで堪えていたものが溢れ出して止まらなかった。
読了日:05月21日 著者:本田 昌子
少年マガジンエッジ 2018年 06 月号 [雑誌]の感想
シャーマンキング新章連載開始の初回のみ、僅かなりとも売上部数に貢献して版元への意思表示とするため、あとはご祝儀のつもりで、と自分に言い訳しながら購入。あとはコミックス待つんだからね!と思っていたら、来月から番外編も連載開始なんですって。原作のみ武井で作画は別の方とのこと、どう転ぶものか当面は傍観の構え。肝心の本編はまさかの双子から始まり感無量、展開は〈あきらメロン〉のフラワーズを踏襲する形でほうっと一息。前版元で翻弄されながらここまでついてきたファンの一人としては、今版元が安息の地となることを祈るのみ。
読了日:05月22日 著者:
終わらない夜の感想
imagine a night を「終わらない夜」と訳したタイトルが好き。不穏な物語を隠した画にごく短い詩を添えた絵本で、お話らしいお話はない。けれどその詩さえ不要に思えるほど、饒舌な画ばかり。エッシャーの遊び心やマグリットの唐突さを思わせる、説得力のある違和感。描写はやや拙く人物たちにはぎこちなさが漂うものの、それも味だと納得してしまうバランスの良さ。趣味で言えば実はあまり好きでないタイプの作風なのだけど、このくらいストレートで強引なほうが子ども受けはしそう。3歳の息子には少し早かったよう、出直します。
読了日:05月24日 著者:セーラ・L. トムソン
能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10)の感想
前回未読だった、能・狂言・説経節を読了。能・狂言は町田康ばりのカジュアル現代語訳で、敬しつつも遠ざけていた過去を忘れてぐっと仲良くなれた気分。「卒塔婆小町」は三島由紀夫版を美輪明宏演出で観たけれど印象がだいぶ違うので、戯曲として読み比べてみると面白そう。説経節「苅萱」は道心の身勝手さが鼻につくけれど、ブッダが我が子を悟りのための障壁(ラーフラ)と見たことを思うと、何とも苦い思いがする。すべての執着を捨てなければ悟りを得られないとしても、そのための犠牲はどう納得すればよいのか。とはいえこの女達は弱すぎる。
読了日:05月24日 著者:
黄金(キン)の鍵の感想
妖精の国との国境に住む男の子はある日、虹の橋のたもとで黄金の鍵をみつける。冷たい家から逃げ出してきた女の子は、不思議なおばあさまの元で男の子と出会う。何もかもが見える通りではない妖精の国、年齢や時間まで自在に伸び縮みするその国を、二人は黄金の鍵に合う鍵穴を探して旅していく。何とも寓意的で示唆に富み、それでいて特徴や感想をまとめにくい不思議な物語。読んでいて、ああ今なにかのヒントをもらったのだと気付くのに、しばらくすると他の何かに上書きされている。河合隼雄さんあたりに解説してほしい。※コメント欄へ
読了日:05月25日 著者:ジョージ=マクドナルド
アサギをよぶ声の感想
ものごとをありのままに見て、その意味するところを考える。ごくシンプルなこのモノノミカタが、実際にはどれほど難しいことか。こういう考え方の基本を児童書でわかりやすく教えてくれる本書は、とても貴重だと思う。終盤近くでの母親への対応を見ると、アサギはすっかりこの技を自分のものにしている。辛い日々にも腐らず、寡黙に努力を重ね、心に決めた目標をひたむきに追い続ける。もし他に選択肢があればこうはいかない、哀しい窮鼠だったのかもしれない。母親とは違う生き方を選んだアサギが、これからどんな成長を見せてくれるのか。楽しみ!
読了日:05月26日 著者:森川 成美
アサギをよぶ声 新たな旅立ちの感想
「何もないところから始めることのできる、自分の力を信じる」もうそれさえあれば、どこでだって生きていけるような本質的な強さ。そうだ、自信って「自分を信じる」って書くのだった。すぐに揺らぐ、他者からの比較や評価とはまったく違う。前巻で習得したモノノミカタは、今巻でもアサギに冷静な視点を与えてくれる。けれどそれは良いことばかりではなく、時には女屋の仲間との間に誤解を生んだり、仲良くなれそうだったイブキへの対応がクールになりすぎたりする原因にもなる。イブキは贔屓にしたくなる素敵な子なので、良い目を見せてほしいよ!
読了日:05月29日 著者:森川 成美
アサギをよぶ声 そして時は来たの感想
次から次へと押し寄せてくる難題、無理だ出来ないと震えながら、それでも立ち上がるアサギ。せめて肩を並べる仲間をと願うのに、信じた人々はいつもアサギを独り遺して去る。けれど手を差し伸べる人もまた、思いもかけないところから現れる。「望みを勘定に入れるな」モノノミカタがもたらすシビアな認識力は、アサギの判断に潜む一筋の光を容赦なく切り捨てる。それは正しい導きとなるが、ひとりぼっちの少女にとりどれほど残酷なことか。掴み取った勝利は甘い果実などではなく、その小さな手に託されたのは、血と泥にまみれた願いの種が一掴み。
読了日:05月30日 著者:森川 成美
どこでもない場所 (海外秀作絵本)の感想
「終わらない夜」に続いて手に取った本書では、ドールハウスの画が好きでした。巨大な燭台が奥の階段を上ろうとしているのに気付き、にやりとしてしまう。説明的すぎて、描かれたもの以上の拡がりを感じない作品が多い中、このドールハウスはこちらに迫ってくるような臨場感がある。人形か人間か判然としない人物描写の曖昧さも、狙ってのことかはともかく功を奏し、よい意味で浮いている。小道具使いも面白い。貶すつもりはないけれど褒めるばかりでは終えられない、この座りの悪さ。それでもやはり、もう一作にもきっと手を伸ばすんだろうなあ。
読了日:06月03日 著者:セーラ・L. トムソン
累(13) (イブニングKC)の感想
累(かさね)や透世(すけよ)、野菊などの名前のほか、美醜をとりまく女たちの執念に、モチーフとなる江戸期の怪談「累ヶ淵」の影が窺える。美しい母には似ても似つかぬ醜貌に生まれついた累、けれど芝居の才だけはそのまま受け継いでいた。ある日導かれるようにして亡き母の鏡台でみつけたもの、それはくちづけた相手と貌を入れ換えることのできる魔性の口紅。醜貌ゆえの根深い自己否定と変身願望は、口紅を足掛かりに舞台の上で昇華され、累は母をも越える大女優への階段を駆け上がる。貌を奪われた誰かを犠牲にして。次巻で完結との事、楽しみ!
読了日:06月07日 著者:松浦 だるま
あいうえおうさま (理論社版新しい絵本)の感想
【3歳8ヶ月】幼稚園に入ってから少しずつ文字に興味を持ち始め、自分の名前を読めるようになってきたので、頃合いかと借り出してきた本書。私が幼い頃お気に入りだった、安野光雅「あいうえおの本」(こちらは購入)への反応と比べるまでもなく、抜群の食いつき。人差し指で文字をなぞり、一文ずつ復唱して飽きない。「いちごに みるくを いっぱい いれて いますぐ たべると いいだす おうさま」この語感の良さと単純ながら味のある絵が、楽しくて繰り返したくなるのかな。図書館に返却しだい同じ本を購入予定。おすすめです。
読了日:06月11日 著者:寺村 輝夫
お姫さまとゴブリンの物語 (岩波少年文庫 (108))の感想
幼いながらも賢明で、勇気と優しさと寛容さを併せ持つアイリーンお姫さまがとってもチャーミング。少年鉱夫カーディやその両親も、これはよき生活者よき労働者としての理想だろうなあ。地に足のついた温かな暮らしぶりが好ましい。このメルヘンチックな世界観にマクドナルドらしい色を添えるのは、何といっても〈大きな大きなおばあさま〉。年を重ねるほどに美しく誇りかに、けれどアイリーンには毅然としつつもほっこり甘い。神秘的、なんて陳腐な表現では足りない魅力。ゴブリンたちの末路はさすがに哀れだったけれど、楽しく読了しました。
読了日:06月12日 著者:ジョージ・マクドナルド
よるのようちえん (日本傑作絵本シリーズ)の感想
【3歳8ヶ月】幼稚園に慣れてきた息子と一緒に楽しむ。子供達や先生方がおうちへ帰った数時間後。無人となった夜の幼稚園では、昼間の熱気やざわめきの名残りがぼんやりと形をとり、こっそりと顔を出しては名乗っていく。そっとさんはきょろきょろりん、さっとさんはさっさかせ。砂場へ置き忘れたスコップに、心を残してお家へ帰った誰かさんの見た夢かもしれない。ぬっとさんはふんわほわ、おっとさんはすってんとん。トイミュージックが似合いそうな、どこか間の抜けたもう一人のお友達たち。朝になったらまた夕べ、「さよよんならららーん」。
読了日:06月20日 著者:谷川 俊太郎
琳派をめぐる三つの旅―宗達・光琳・抱一 (おはなし名画シリーズ)の感想
代表作に絞った図版は少ないが大きく、解説は簡潔かつ大きな文字で、小学生にも読み通しやすそう。「旅」というタイトルに期待する奥深さはないけれど、琳派と一括りで呼ばれることも多い三絵師の、共通点と個性を並べて味わうにはこのシンプルさが功を奏する。宗達の勢いと力強さ、光琳の絢爛と先鋭、抱一の渋味と端正に、それぞれこの絵師こそが最高だと唸らせられる。難を言えば、光悦をここに加えてほしかった。さらには相伝ではなく私淑と傾倒により流派と見做されたことの、特異な魅力をもっと推してほしかった。うーん、食い足りない!
読了日:06月21日 著者:
日々、蚤の市 -古民藝もりたが選んだ、ちょっと古くて面白いもの。の感想
装丁や文章量は雑誌かカタログの体、読むというよりは写真を眺めるための本。角がとれ木目が黒く浮きあがった鍋蓋、黒く堅く冷たい鉄が妙にぬくぬくと感じられる自在鉤、大福帳の反故を貼り継いで作られた重い暖簾。骨董や古美術と呼ぶには実用的で、美しいと言うよりは親しみ深く、少しの愉快と大きな郷愁を掻き立てるモノたち。肩肘張らない気安さは森田さんのコメントにも通じており、用途の不明なものには想像を膨らませ、こんな人がこんな使い方をしていたのではと楽しげに語ってくれる。カメラの向こうで付喪神も笑っていそうです。
読了日:06月23日 著者:森田 直
カーディとお姫さまの物語 (岩波少年文庫 (109))の感想
地の文の丁寧語や、軽やかにご都合主義で済ませる細部はお伽噺のよう。けれど肉屋の犬達に対する仕打ちの残酷さ、召使い達を追い立てる執拗さには冷水を浴びせられたよう。前作での白眉たる老いた姫の神秘は中盤ではすっかり鳴りを潜め、実際的な少年カーディのシンプルな冒険譚となるも、終盤では華麗な転覆に目を覚まされる。時折覗く説教臭さは、病んだ王が幼児とのふれあいから回復に向かうさまと同じに、読み手の子ども達への作者の思い入れか。哲学がかった物言いや詩的な表現も同じく。お伽噺への回帰を一歩外したラストも印象的。
読了日:06月24日 著者:ジョージ・マクドナルド
もののみごと 江戸の粋を継ぐ職人たちの、確かな手わざと名デザイン。の感想
写真は品物、手元、道具、職人で計3項。文章は経歴やインタビューを上下段組で計3項。33人の職人をそれぞれこの枠に収めて紹介するので、内容は広く浅い。けれどもそこに内包されるものの深さ重さを思わずに読める人はいないだろう。巻末には注釈の他に、品物を買い求める際に必要な情報が付せられているが、甲冑や鼈甲のような高価な品を除いては、どれも手が出ぬほどの額ではない。「手をかけすぎると値が上がる」と、買う人のために腕を磨く職人の意地がそこに見える。しかもある人は「技は借り物」と言い、独占することを良しとしない。
読了日:06月27日 著者:田中 敦子
縄文の神の感想
稲作ー製鉄ー戦争の三点セットが登場する以前、石器時代の人々の精神性の高さには、中沢新一「カイエ・ソバージュ」以来あこがれを持っている。時代区分は違えどそこに重なる縄文の素朴で気高い精霊信仰が、どのように命脈を繋いできたかを、ヒモロギ、イワクラ、カンナビ、コトダマ、ムスヒの章立てで語る。なにぶん文字のない時代のことなので、読み味としては論考というよりも随筆に近い上に、自著の引用めちゃ多い。けれども目を惹かれる部分もあり、例えば食物神と殺害の関係性から、土偶は破壊されてこそ呪術が成る、という考察には納得する。
読了日:07月03日 著者:戸矢 学
へんないきものすいぞくかん ナゾの1日の感想
【3歳10ヶ月】飼育種数日本一の鳥羽水族館、そこの〈へんないきもの研究所〉がお送りする写真絵本。奇想天外な生き物たちは写真で見るだけでもおもしろいけれど、本書はさらに読み手を楽しませる工夫がちりばめられていて、繰り返し捲りたくなる。ダイオウグソクムシが持て囃された時は横目で見過ごしていたけれど、5年間も絶食し、食事や排泄がニュースになるその生態を知ると、途端に愛しさが湧いてくる。お気に入りはテヅルモヅル。口ずさみたくなる名前もいいし、レース編みや刺繍のモチーフにしたくなるその姿もたまらない。
読了日:07月03日 著者:なかの ひろみ
おしらさま (京極夏彦のえほん遠野物語 第二期)の感想
昔持っていた文庫「遠野物語」、表紙が白馬に乗って疾走する娘だった。けれど記憶にある光景は少し違って、生剥ぎにした馬の皮を被せられた娘が、そのまま天に昇って神となるというもの。どのみち私が惹かれたのは、八房と伏姫を思わせる異類婚姻譚の薄暗い魅力と、恨んでいいはずの父親に養蚕という福をもたらした娘の、本性の見えない嘘寒さなのだが。本書はまだ表現がマイルドで、混乱を来しているおしらさまの伝承を再度復習したくなった。今回新たに目を引いたのは黙して語らぬ(のは当然なのだが)馬の本意で、語らぬこその恐ろしさを感じた。
読了日:07月15日 著者:京極 夏彦
大接近!妖怪図鑑の感想
【3歳10ヶ月】油彩のたしかな描写力。石燕あたりの古典をきっちり踏襲しつつ、デフォルメを効かせた愛らしいフォルム。そして何より、この迫力!贅沢かつ大胆に折り込みを使い、大判に刷られた唐傘おばけのゆるぎない存在感。これはすごい。胸の高まりを抑えられなかったのか、息子はこのページをそっと抱きしめ、頬ずりをしていた。なんなの。文章はやや一文が長く、自分で読むなら小学生以上向きかな。3歳児には言葉も難しいだろうけれど、生真面目に耳を傾けていた。以来何度も読んでほしがるお気に入りに。妖怪好きのお子さんにぜひどうぞ。
読了日:07月17日 著者:軽部 武宏
大出現!精霊図鑑の感想
【3歳10ヶ月】「大接近!妖怪図鑑」と一緒に借りてきた。あちらは古典妖怪ばかりだったけれど、こちらは知っているようで知らない〈精霊〉ばかり。目新しいなとは思ったけれど、ひょっとしてこれは創作なのかな。文章はやや渋めで、著者がそれぞれの精霊と出会った時の様子を、随筆のようにつらつらと語る。絵本ではあるけれど、読解力は小学校中高学年以上のものが必要かもしれない。とはいえ画の迫力は相当なもので、眺めるだけでも楽しめる。息子はお団子さまが特にお気に入り、うちの庭にもいるといいね。軽部さんの絵本、他のも気になる!
読了日:07月17日 著者:軽部 武宏
にょっ!: ぴっかぴかえほんの感想
クジラだと思って手にしたら、違ったような違わないような。シルエットから姿を想像して楽しむ絵本だけど、何でもありの投げっ放しなので、答え合わせをしたい人には不向きかな。私は昔から確かめられないものは否定できないと思っていて、幽霊も魔法も本心からは切り捨てられないまま人の親になってしまった。だからか本書が示してくる荒唐無稽な「○○かもよ」の振り幅は、そんな残念な視点までおおらかに許されているようで心地よい。間に本を挟んで息子とあれこれ話しながら思ったことは、やっぱりう○この形は最強!ということ。ゆるぎない!
読了日:07月22日 著者:ザキャビンカンパニー
よるですの感想
既読の中では「しんごうきピコリ」と並んでお気に入り。本書に描かれた闇の黒はとにかく濃密で鮮やか。悪夢との境界線も軽く越えていきかねない幼児が、ぎりぎり健やかな側へと踏みとどまる、その案内人は毛布が化けた獏。真夜中に訪れるトイレまでの大冒険。眠れないすうちゃんの悩ましい顔は、睫毛の一本一本まで悶々としている。うーん、素晴らしいわ。原画展で見て驚いたのは、この密度が印刷時の縮小によるものではないということ。原画はほぼ原寸大で制作されている模様、ちなみに手法は版画ではなくスクラッチのように見受けられました。
読了日:07月22日 著者:ザ・キャビンカンパニー
ほこほこのがっこうの感想
原画展にて甥っ子が購入。サインにキュートな虎を描いてもらった大切な本を、こころよく貸してくれた。廃校にすみついた埃のおばけ、ほこほこたちのお話。まっくろくろすけのお仲間かしら。バケツプリンや浴槽ゼリーは子どものころ思い描いてみたことのあるものだけど、本書のそれは宝石のようにきれいで美味しそう。舞台はもちろんキャビンカンパニーのお二人がアトリエとする由布市の廃校なのだけど、これが赤い屋根の小さな平屋の校舎で、写真で見てもとても愛らしい。アトリエ公開の機会は逃し続けているのだけれど、いつかぜひ見学してみたい。
読了日:07月29日 著者:ザキャビンカンパニー
だいおういかのいかたろう (ひまわりえほんシリーズ)の感想
原画展にて、キャビンカンパニーのお二人による読み聞かせといかたろうダンスを楽しむ。客席は子どもと大人が入り混じり、3歳の息子はノリノリで、3年生の甥っ子ははにかみながら、30代の私は息を上げつつよく動いた。このいかたろうダンスは公式動画が公開されているので( https://youtu.be/NVt8B0EuJic )読み聞かせのご参考にどうぞ。「ヘイ!」の掛け声では各々好きなポーズを決めましょう。お話も絵もシンプルかつダイナミック、湖の氷に閉じ込められた、大王イカのいかたろうの救出劇。季節は冬がお薦め。
読了日:07月29日 著者:ザキャビンカンパニー
あかんぼっかんの感想
原画展にて。講演を聞き、本作を描く契機があの地震にあったことを知る。混乱の中で分娩台に上り、地面が揺れるたびに陣痛が襲うという、その生々しくも力強いエピソードを忘れられない。これにより赤ん坊と火山を結びつけることの説得力は、否が応にも増す。けれども、デフォルメしつつも微細絶妙なリアルの愛らしさを残したこの作画は、やっぱり母親の視点があるからこそだよなあ。柔らかくて張りのある、息子のおしりを思い出して微笑む。可愛いわあ。赤子の生命力と生命欲の表現では、大友克洋「童夢」と並ぶくらい好きです。素晴らしい絵本。
読了日:07月29日 著者:ザ・キャビンカンパニー
ゲゲゲの鬼太郎 妖怪ファイルの感想
【3歳10ヶ月】このところ妖怪づいている息子に、それならばと本書を購入。本当はもっと大判でカラーのものをと思っていたけど、開いてみれば文句なしの大迫力は、さすがの水木クオリティ。執拗なまでに濃やかな描き込みが、カラーよりかえって実在感を増して見せるのも面白い。パラパラと捲って気になるところを読んであげるのに、この文章量はほどよい長さ。総ルビなので小学生にもおすすめです。お馴染みの古典妖怪に混じって、魔女や狼男、フランケンシュタインやバックベアードなんてものも。ルドンのあの絵はこれだったのかしら。。
読了日:08月26日 著者:水木 しげる
新装版 星モグラサンジの伝説の感想
小学生のころ大好きで何度も何度も読んだお話、長らく絶版だったものが新装版になって帰ってきた。思えばこれが岡田淳さんとの出会いで、いま読んでもこの人は本当にモグラと話ができるのではないかと思う。ご自身で手がけられた挿画も素晴らしい。ああ、おかえりサンジ、また逢えて本当に嬉しい!ものすごい速さで地中を掘り進むモグラのサンジ、出会ったものは何でも食べる彼をとりこにしたのは隕石の欠片。サンジの爆走ぶりを見るのは楽しいけれど、何よりも終章「それからも」が良い。息子がもう少しだけ大きくなったら、読んであげたいな。
読了日:09月01日 著者:岡田 淳
うす灯(あかり) (偕成社コレクション)の感想
小学生の頃に好きだった本を思い起こし、再読することに燃えた時期が大学時代にあった。その時まっさきに思い出したのが本書で、読み返すまでもなく今回もその内容をよく覚えていた。著者名も版元もレーベルも見ずに選書していたあの頃の嗅覚は、どこから来るものだったのだろう。今回登録するにあたり、初めて本書が多くの人に愛されていることを知って嬉しかった。「重たい鞄」を読み、梨木香歩「コート」(新装版「丹生都比売」収録)で覚えた既視感の正体を知る。今の私の読書の素地は、間違いなく小学校の図書室が作り上げている。
読了日:09月01日 著者:田村 理江
レベル21―アンジュさんの不思議(マジカル)ショップ (童話パラダイス)の感想
小学生のころ大好きだった本。その後の愛読書となる中勘助「銀の匙」、手に取るきっかけを作ったのは本書でした。友人の出産祝いに、シルバークレイでスプーンを作ったことも思い出す。なのに自分の出産時には、なぜか思い出しもしなかったな。いい歳こいた今でも、やはり手の平をみつめてオーラを探す。何も見えないけど、大人になって出産もしたよ。シングルマザーだけど子どもは可愛いよ。レベル21をみつけたくて、アンジュさんに出会いたくて、たまらなかったあの頃の自分に言ってみる。居所のない思いを抱えていても、大丈夫生きていけるよ。
読了日:09月01日 著者:さとう まきこ
おしっこちょっぴりもれたろうの感想
幼稚園に毎日持たせる下着の替えが、ずっしりと丸まって袋に収められていると、ああまたかと気が重くなる。おもらしは精神的なストレスからくるなんて言われると、爪を噛む癖とあわせて「愛情不足なのかも」なんて思っちゃう。片親だからかな、私が短気で口が悪い未熟者だからかな、この子は抑圧されてるのかしら、なんて。でもねえ、あるよね、ちょっともれちゃうことだって。本屋さんで二人で読んで、なんだかすっかり気が抜けた。まあいいさ、そのうち洩れなくなるだろうさ。パンツが濡れちゃったんなら、乾くまで冒険に出掛けたらいいんだから。
読了日:09月02日 著者:ヨシタケ シンスケ
旧(ふるい)怪談―耳袋より (幽ブックス)の感想
「耳袋」(根岸鎮衛、天明〜文化)収録の奇妙な話を、「新耳袋」(木原浩勝・中山市朗、1990)ふうに書き改めた本、35篇収録。カタカナ言葉が散見されたり人名がイニシャル表記だったりと、新耳袋(実話怪談)ふうの作法をとりつつも、語り口はお馴染みの京極節。併録された原文はどれも端的で短く、読みやすくはあるが面白味は少ない。この再話の腕は「遠野物語」でも感じた通り、本書も抜群に読み応えのある仕上がりになっている。印象的だったのは「プライド(巻ノニ、義は命より重き事)」。短絡ながら、子どもが哀れでならなかった。
読了日:09月03日 著者:京極 夏彦
ごんげさま (京極夏彦のえほん遠野物語 第二期)の感想
権化なのか権現なのか、いやそれよりもっと昔、文字が生まれる前からいるカミなのか。表紙のごんげさまは耳も歯も欠けていて、さぞかし多くの修羅場をくぐってきたのだろうと想像する。おしらさま然りごんげさま然り、嫉妬したり喧嘩したりと個性のあるカミは面白い。きっとその組ごとに「うちのごんげさま」への誇りがあり、代々大切に受け継いできたのだろう。画はこのところご縁のある軽部さんで、本書も文句なしの大迫力。人物の肌の色が明るすぎて浮いている気がしたけれど、血肉あるものとそうでないものとの描き分けなのかな。。
読了日:09月03日 著者:京極 夏彦
おいぬさま (京極夏彦のえほん遠野物語 第二期)の感想
おいぬさまは狼だけれど、大口真神や神使となった狼たちよりも、ずっと古い信仰を持っているようだ。ヒトがまだ正しく生態系の中に組み込まれていた頃の匂いを感じる。それは単に喰らわれる弱者としての恐怖ではなく、森の王者への畏怖でもある。そこに命の遣り取りがあるなら、物語は必ず必要とされる。狼はそうしておいぬさまとなったのだろう。遠野を去った彼らを、絶滅したニホンオオカミと重ねるのは安易に過ぎるのかもしれない。けれどこの味気ない現代にヒトだけが取り残されたような、寂しさ心細さを覚えるのは、あまりにも身勝手だろうか。
読了日:09月03日 著者:京極 夏彦
でんでらの (京極夏彦のえほん遠野物語 第二期)の感想
はたこうしろう「なつのいちにち」は大好きな絵本。けれど京極遠野にはたさんと聞いても、なかなかピンとこなかった。あの陽の画風でどのように蓮台野(でんでらの)を?と、戸惑う気持ちがあったのだ。けれども、そもそも陰は陽がなければ生じないものなのだった。姥捨山としての蓮台野を、陰惨に描ける作家はいくらでもいるだろう。けれどもそこは日常から地続きで存在する土地で、元の家族が暮らす村とは、野良仕事の手伝いに行き来する程度の隔たりしかない。想像するに、案外とそれは酷なばかりの慣習ではなかったのかもしれない。
読了日:09月03日 著者:京極 夏彦
氷室冴子: 没後10年記念特集 私たちが愛した永遠の青春小説作家 (文藝別冊)の感想
小6の春休みに銀金に出会い、岩波新書版の日本書紀三巻を苦労して読んだ。それから20年以上が過ぎた今でも、日本神話は最大の興味の対象であり続けている。はるばる奈良へ旅行して、タクシーの運転手さんを困惑させながら縁の地巡りもした。氷室先生の訃報は勤務先の書店で知り、暗澹としながらお悔やみの張り紙をした。完結を読まず仕舞いに終わった愛読書への哀惜を訴え、文芸担当の先輩に慰めてもらった。けれどもその後、少女小説やライトノベルと呼ばれたあの作品たちが、実は作者の血の滲む〈女の身の苦悩〉を背負って世に出たことを知る。
読了日:09月12日 著者:氷室冴子,新井素子,飯田晴子,伊藤亜由美,榎木洋子,榎村寛之,荻原規子,菊地秀行,木村朗子,久美沙織,近藤勝也,嵯峨景子,須賀しのぶ,菅原弘文,高殿円,田中二郎,俵万智,辻村深月,ひかわ玲子,藤田和子,堀井さや夏,三浦佑之,三村美衣,群ようこ,山内直実,柚木麻子,夢枕獏
よるのかえりみちの感想
わあ、懐かしい木炭紙の手触り、と手にとる。とするとこのもこもことした夜の黒は、柳か桑か。鉛筆線にパステル彩色のち木炭か、などと考えながらページを捲る。するとうさぎ頭の無表情に予感した不穏な物語は展開されず、あるのは窓々に切り取られた悲喜こもごもと、それをふんわり包みこむ宵闇のおおらかさだった。夜も8時を過ぎると商店はみなシャッターを下ろし、街灯のこころもとない明かりが路地の暗がりを真の闇に変える。おぶわれた腹の温もりと、背中に貼りつく薄闇の冷たさ、伝わる足取りの頼もしさを思い出す。あの不便さは豊かだった。
読了日:09月15日 著者:みやこし あきこ
ひねくれ一茶 (講談社文庫)の感想
子どもや小鳥や虫。小さきものたちへ向けられた一茶の眼差しはあたたかく、尽きせぬ興味と愛着を感じる。亡父の遺産をめぐる継母や弟との確執は、好々爺然とした句の印象を裏切るように思っていたけれど、それは少し違うのかもしれない。自身の寂しい子ども時代も、一茶にとっては愛すべき小さきものだったのかもしれない。禍福が唸りをあげる晩婚の頃までは、そんなことを考えながら楽しく読んだ。けれども、「露の世は露の世ながらさりながら」。後半は隣で眠る幼い息子の体温にすがりながら、耐えるように読み進めた。
読了日:10月03日 著者:田辺 聖子
ぶたたぬききつねねこの感想
【3歳12ヶ月】2歳のクリスマスにプレゼントしたうちの1冊だけど、これまで見向きもしなかった。それを持ち出してきたのは、他の本に飽きてきたからなのか。ともあれ、ひらがなに興味を持ち始めたこの頃にこそ、ぴったりの本かもしれない。ユーモラスな絵にひらがな表記の名詞、しりとりになっていることに気付けたのには驚き。♪こぶた、たぬき、きつね、ねこ、のうたを歌おうとするも、何度チャレンジしても♪ポンポコポンを言えず、♪ポンポポポンになるところが愛しい。あほうどり、こうのとり、しちめんちょう、の見分けがついたらいいな。
読了日:10月06日 著者:馬場 のぼる
ギケイキ:千年の流転の感想
絶好調町田節につき、極度に口語を究めた現代語訳なのか著者による再話なのかは判りかねるが、読んでいて脱力するほど楽しいことは間違いない。そもそも本家本元の義経記自体が伝記ではなく伝奇なのだし、本書程度の振り幅を受け入れる土壌ははなから備わっていたのかも。義経を日本武尊に、頼朝を景行天皇に重ねてその悲劇の英雄ぶりを愛でてきた私には、このブッ飛んだ町田義経は、語り直しによる慰霊と鎮魂の賜物かと考えずにはいられないけれど、それはさておき物語は二巻へ。静御前の登場と佐藤兄弟の活躍が、楽しみなような怖いような。
読了日:10月08日 著者:町田 康
累(14) (イブニングKC)の感想
完結おめでとうございます。読了した今、とても満足しています。美しき大女優の一人娘でありながら醜く生まれついた〈かさね〉、亡き母から託された口紅には不思議な力が宿っていた。その〈くちづけた相手と顔が入れ替わる〉という思い切った設定が、愛憎と執念の渦巻くドラマのリアリティから浮いて見えたものだけど、それもいつの話やら。作中で扱う古典演劇のどれよりも劇的な本編にかかれば、そして、理想のために罪を重ねた主人公のもとに収束していく過去を目の当たりにしてしまえば、それは些細なことでした。作者さま、お美事でした!
読了日:10月10日 著者:松浦 だるま
いもむし・ようちゅう図鑑 これはなんのようちゅうかな?の感想
【3歳12ヶ月】寝る前の絵本タイムに平気で図鑑を持ち込む息子に、学研の図鑑NEO「イモムシ・ケムシ」を買い与える勇気が出なかったので、図書館で借りてきた本書。お向かいさんの玄関先でパンジーを食い荒らし、枯れ葉のようなサナギ姿を見せてくれたのはツマグロヒョウモン。うちの玄関に現れ、紫陽花の葉でそっとお引越しさせたのはヒメジャノメ。サツキを丸裸にさせながら観察した愛称〈けむけむ〉はマイマイガ。十把一絡げに「虫、特にイモムシケムシが大嫌い!」だった私が、息子と一緒に何度も本書を見返した。ほどよい量感の本です。
読了日:10月13日 著者:岡島 秀治,植村 好延,福田 晴夫
はっけんずかん うみ (はじめてのしぜん絵本)の感想
潜水艦といえば、の本。1歳のお誕生日に頂き、以来擦り切れるほどの息子お気に入り本。本書にも紹介されている深海潜水調査船「しんかい6500」、および支援母船「よこすか」の見学記念に今回登録。しんかいは私も以前Tシャツのデザインに描いたことがあるので、思い入れがあります。本書はボードブック並みの丈夫さで、角を丸く落としてあって幼い子どもにも扱いやすいもよう。ただしふんだんにある捲り窓は破損注意です。イラストはシンプルで見やすく、写真も掲載されているので見くらべても楽しい。
読了日:10月14日 著者:
ギケイキ2: 奈落への飛翔の感想
本作を映像化するならキャストは、またはキャラデザは誰を、と考えてみる。相変わらずキャラ立ち凄いわあ、と不細工ファンシーな弁慶に胸をざわめかせながらも、次巻で語られるであろう静御前や腹の子のその後などを考えるにつけ、このノリの軽さを有り難いと感じるのも本当。そうでなければ受け入れ難い展開が、今この活劇&会話劇を盛り上げている面々に降りかかるのかと思うと少し複雑。現代日本を生きる義経が振り返る生前のあれこれ。この構図の面白さに期待したいのは、現代感覚からのツッコミよりも、物語収束後に義経が向かう先である。
読了日:10月21日 著者:町田康
たぬきの花よめ道中 (えほんのぼうけん)の感想
画は町田尚子さん。人の都会は狸の田舎、都会から田舎のお婿さんの元へ、お嫁に行くお姉さん狸とその家族。人に化けたあとのレトロスタイルもお洒落でいいけど、ふはふは毛皮の狸姿の愛らしさは、表紙をみてわかる通り。頬の下あたりの豊かな毛深さを人で言うと、若い娘さんのさらさらロングストレートヘアくらいの、ときめきチャームポイントになるのではないかと思うんだ。若さと愛のパワーで僻地も僻地へ嫁いだ狸の新婦さん、これからたくましく美しいお母さんになって、子狸たちを〈都会の実家〉へ遊びにやれるといいな。
読了日:10月22日 著者:最上一平
森のきのこ (絵本図鑑シリーズ)の感想
【4歳1ヵ月】雨上がりに近所の公園を散歩すると、大小さまざまなキノコに出会う。虫なり花なり、気になるものがあると「帰って図鑑を見てみようね」が合言葉の息子と、まずは図書館で手にしたのが本書。館員さんが示した本の表紙、その繊細で精確で、それ以上に何とも柔らかくあたたかなタッチの絵に一目惚れし、開いてみたページに胸が高鳴る。なんて愛らしい、妖精やリスやクマ!丁寧な解説を読むとたしかにこれは図鑑なのだけれど、それだけに終わらない本作りの楽しさ、キノコへの愛と遊び心に満ちています。
読了日:10月23日 著者:小林 路子
トトロの生まれたところの感想
宮崎監督とスタジオジブリの持て囃され方にはずっと昔から違和感がある、けれどそれとは別のごくプライベートなところで、私はトトロやラピュタと一緒に育ってきた。手元に残るぬいぐるみで一番古いものは、姉がお小遣いで買ってくれたお誕生日プレゼントの小さなトトロ。ボソボソの毛並みのそれを、4歳になったばかりの息子が抱いて遊ぶ。けれどだからこそ、この手の本は、特に読まなくてもよかったんだろうなあ。1960年代の所沢よりも、もっと山深い1990年代の大分でしか、私のトトロには会えないんだから。美しい本なんだけどね。
読了日:10月26日 著者:
ココの詩 (福音館創作童話シリーズ)の感想
傑作と呼ばれる絵画が真筆でなければならない理由、どれだけの熱量が費やされた見分けのつかない力作でも、贋作ではいけない理由はどこにあるのか。小さなはだかんぼうの人形ココ、空っぽの心に積もり重なった記憶は彼女を少しずつ生身の少女に近づけていったけれど、抱えきれない恋が最後に招いたものとは。本物と贋作、人間と人形。ウエムを待つ試練は探偵のものではなく、そこに明確な答えやゴールはない。命を運ぶものを運命と呼ぶけれど、舟を操る手は自分のもの、その果てには善人も悪人もなくなり、塗り込められた歴史しかないとしても。
読了日:11月11日 著者:高楼 方子
時計坂の家の感想
なれし故郷を放たれて夢に楽土求めたり、と「流浪の民」を口ずさむとき、思い浮かぶのは古語に言うあくがれ。魂が身を離れるほど一心に何かを想い焦がれる、血の滲むようなジプシーの切実さを抱えたまま現実を生きることが出来るなら、確かにそれは一つの才能かもしれない。美少女マリカをみつめるフー子は悲しいほど我が身をわきまえている。それは私だけに限らず、読書というひそやかな愉しみを愛する者には親しみのある苦さだろう。そういう人間はすでに持っているのだ、自分だけの秘密の花園を。あとはただその入口が現実に現れるだけでいい。
読了日:11月19日 著者:高楼 方子
SHAMAN KING THE SUPER STAR(1)限定版 (プレミアムKC)の感想
限定版があるならと、内容も値段も確認せずに予約。ステッカーは対処に困って死蔵しそうだけれども、冊子は初見なので楽しかったよ!本作はもちろん、仏ゾーンといいデスゼロといい、自作を大切にしてくれる作家さんは嬉しくなる。肝心の本編はまだまだこれからだけど、思わせぶりな先代たち(神含む)よりも、ようやく慣れて愛着の湧いてきたメインの次世代たちが見ていて楽しい。けれどもぶっちゃけると、今巻はデスゼロにもってかれましたわ。。カッケェっす。アルミと花の再会を楽しみに次巻を待ちます。
読了日:11月21日 著者:武井 宏之
緑の模様画 (福音館創作童話シリーズ)の感想
色紙を折って鋏を入れる切り紙細工、その中心に刻まれた顔は「少公女」か塔の影法師か。三人の少女と茶色の瞳の青年が切り込みを入れたのち広げると、若草色の紙は光差すシャムロックの野原に変わる。薄暗い眠りの迷宮から陽光溢れる坂道へと「彼」を誘い出したのは、懐かしい日々に重なる三人の少女。彼女たちへの焦がれるような慈しみは、やがて失意を抱えて塔にこもる魂をのせる翼となる。海をのぞむ塔の窓辺から飛び立った彼らは、天へと向かう途中で寄り道をしただろう。二度とするつもりはなかったのだとはにかみながら。
読了日:11月23日 著者:高楼 方子
わたしたちの帽子の感想
出久根育さんの装画に惹かれて手に取ると、お話の中にも育ちゃんが!先日読んだ「チェコの十二ヶ月」の印象も相まって、もうこの育ちゃんが出久根さんご本人としか思えなくなる。五年生への進級を目前にした春休み、サキちゃんがひと月だけ暮らした、古いビルでの不思議なできごと。謎を謎のまま楽しみたい私としては、後半はやや手の内が明かされすぎた感があるというのが正直な感想。ただ、それでもまだ発見されていない何かがありそうだと思えてしまう、このビルの魅力!あの絵は初代オーナーの肖像かしら、なんて想像しはじめるとキリがない。
読了日:11月25日 著者:高楼 方子
ねこが見た話 (福音館創作童話シリーズ)の感想
懐かしいなあ、こんなところでまた逢えるなんて。「おおきなぽけっと」は発売されると毎号担任の先生が読み聞かせしてくれていた。小学三年生の頃だから、「キノコと三人家族のまき」が掲載されたのは1992年だっただろう。おかべりか「よいこへのみち」、いわむらかずお「かんがえるカエルくん」を楽しみに読んでいた中で、この奇妙なキノコ一家のお話のインパクトは強烈だった。タイトルと作者は忘れていても、お話の筋はきっちり覚えていたくらい。他三話は初読みで、どれも捻りが効いていて楽しかった。読み聞かせするにも程よい分量です。
読了日:11月27日 著者:たかどの ほうこ
SHAMAN KING レッドクリムゾン(1) (マガジンエッジKC)の感想
手を着けようか迷っていたけど、こちらで評価がよかったので購入。そうして驚いた、これは本当にクレジットを見なかったら武井作画だと錯覚するクォリティ。奇しくも先日、出来栄えが同じくらいの真筆と贋作の場合、真筆の価値って何かしらとこちらで云々したばかり。もちろん本作を贋作と呼ぶ訳では決してないけれど、これだけ描ける人があえて完全オリジナルをやらない理由って何だろう。肝心のお話は本編との絡みを待機しつつ、暗くなりかねない筋をホロホロがいい具合に混ぜっ返してくれてるのが嬉しい。この密度で駆け抜けてくれることを期待。
読了日:11月28日 著者:武井 宏之,ジェット 草村
ほしをさがしに (講談社の創作絵本)の感想
ネットで極小の書影を目にしてすぐに図書館で予約。手にした本書は開くと裏表紙まで使っての一枚絵で、それを眺めるだけで時間は過ぎてゆく。ページをめくると思い出す、子どものころ飼っていたハムのちいさなちいさな手の感触。その細っこい指の愛おしさと力強さ、宿る命のかけがえのなさ。身軽なはずのうさぎが重々しく蹲る様子、視点の低い接写のリアルと伝わるぬくもり。ああこれだけのものを描き出せるなら、あえての人くさい仕種はすでに無用です。お話もとても可愛らしく、絵の素晴らしさとの相乗効果で心の襞を撫でられまくる。なんてこと!
読了日:11月29日 著者:しもかわら ゆみ
ガラスのなかのくじらの感想
水族館の魚は生命の危険がなくて安泰だろうと言う時、人は生き物を囲っておくことと囲われた生き物がどう感じているかは、全く別の話だということを忘れている。情状酌量はありえない、そもそも明確な意思疎通は不可能だとわかりきっている相手を捉えたのだから。「あなたのほんとのおうちは、ここじゃないわ」そう言ってもらえたなら、どれだけ楽になれるだろう。もしくは辛くなるのか、何かを暴かれた気がして。犬は自由の身で水槽へ通い、あとからリードに繋がれて少女を連れてきた。私はむしろクジラよりもこの犬が気になって仕方がない。
読了日:12月05日 著者:トロイ・ハウエル&リチャード・ジョーンズ
バムとケロのさむいあさ
読了日:12月05日 著者:島田 ゆか
かえるの平家ものがたり (日本傑作絵本シリーズ)の感想
【4歳2ヶ月】自分用に借りてきたものを、表紙に惹かれたらしい息子が寝る前に持ってきた。読んでみて驚いたのは、平易な言葉を選び七五調に整えた本文の、声に出しやすい簡潔な美しさ。自分の朗読スキルがいきなり向上したかと錯覚してしまいそう。古式を感じさせながらも伸びやかで、草々の武装も勇ましいカエルたち。さらに野性味溢れる黒猫など画の迫力もあって、意外にも本書は息子のお気に入りに。カエルや猫など身近ないきもの、バトル(合戦)もの、かっこいい武器や防具、あたりがポイントなのかな。
読了日:12月12日 著者:日野 十成
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