児童文学ファンタジー大賞

児童文学ファンタジー大賞
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受賞作。並びは読んで気に入った順、けれどどれも甲乙つけがたい傑作揃いです。
刊行されていないものがたくさんある。
梨木香歩「裏庭」は再読したら感想を書きます。


鬼の橋
伊藤悠 福音館書店
自らの過失で妹を亡くしたばかりの少年、篁が出会ったのは、橋の下に棲みつく孤児の少女、阿子那と、片角を失いこの世に迷い込んだ人食い鬼、非天丸。それぞれに喪失の生傷を抱えたまま、ままごとのように寄り添う三人が危うくも哀しく美しい。妹の死から停滞していた篁の心は元服という現実に置き去られ、母の心配と父の幻滅を浴びながらも魂はこの世ならぬ橋を渡ろうとする。そこに縛られた田村麻呂の、死してなお偉大な将軍であらねばならないことの悲痛。消えない痛みは抱えていけばいい。時と心を重ねることで少しずつ癒されていくものだから。

石の神
田中彩子 福音館書店
それぞれに豊かな才能を持つ二人の少年石工、対照的な彼らを通して描かれる厳しくも温かな職人の世界。神業と言葉にはするが、隠れたがりの石神は昏い場所が好きなのだろう。捨吉の心に宿っていたそれは、寛次郎によって根の国から引き上げられた。やがて苦しくも楽しいモラトリアムは終わる。けれどどんな世を渡っていても、見えない手は互いの鑿を支えている。読んでいて何度もはっとした。ひとつの道を究めることの厳しさ尊さ美しさを、平易な言葉だけで見事に描き出している。些細なやりとりを積み重ねて関係性を表す、群像劇としても見事。

夏の朝
本田昌子 福音館書店
亡き祖父の遺品整理が進むとき、家も長い寿命を終えようとしていた。庭の蓮池がつないだ過去と今、それは草むらに佇むお地蔵さまが最後に見せた奇跡かもしれない。莉子は普通の子どもだけれど、少年時代の祖父や小夜子さん、何より今は亡き母の、祈り願い望みを宿した身でもある。けれど本来だれを助け救われたかによらず、子どもとは皆そのような存在なのだろう。青空にすっくと立ち大輪の花を咲かせる蓮のように、健やかであれしなやかであれ。ただそこに在るだけでいいのだ。最後の数ページ、それまで堪えていたものが溢れ出して止まらなかった。

えんの松原
伊藤悠 福音館書店
仔細あって女童の姿で宮中に紛れ暮らす少年、音羽丸と、怨霊に取り憑かれた孤独な東宮、憲平。神鏡の眠る部屋で出会った二人は、やがて怨霊の巣食う〈えんの松原〉へと導かれていく。憲平に祟る怨霊の正体が知れたとき、恐れは深い哀しみに変わる。そして人の業が招く闇の深さを思う。結末は予想できるものだったけれど、音羽がそこに至るまでには伴内侍のわかりにくい愛情と、亡き両親との温かな記憶、離れた叔母との絆があったことを忘れたくない。それは憲平にとっての監でもある。夏君や綾若などの脇役も楽しく、読後さわやかな良作。再読する!

天狗ノオト
田中彩子 福音館書店
たとえば「遠野物語」を読むとその詳細な地所の記録に目を留め、そこを訪れれば今でも河童や山人に逢えるのではないかと夢想する。山は開墾され里山は姿を消し、市町村合併で地名まで変わっていても、土や木や空気には何某かの名残があるのではないかと。本書を読み終えたとき、確かめるまでもなく諦めていたそんな幼い夢を思い出した。うちとける暇さえなく別れた祖父と、再会を願って果たせなかった古い友人、二つを繋げた1冊のノート。少年たちの見上げた空には天狗が舞い、肩には見えない手が置かれる。包み込まれるようなラストに目を閉じた。

鍵の秘密
古市卓也 福音館書店
ある日ノボルの元に届いた古い鍵。それはどんな扉も開けてしまうが、その先にもう一つの世界を繋げてしまうものだった。恐れに閉じ籠もり肥大してゆく闇の城に、光溢れる地獄が四角く口を開ける。揺れる天秤、秘密と勇気。蒸発した父を探すノボルと、父を陰謀から救いたい王女。「空をごらん」響き渡る合唱に消え入る呼びかけ「おとうさん!」助けてくれた親友は、幼い頃に父を亡くしている。上手い語り手の書く本は、読むというよりも聞く感覚になる。1ページ目から耳をすました作家さんは久しぶり。これだからこそ私は児童書が大好きなのだ。

しゅるしゅるぱん
おおぎやなぎちか 福音館書店
叶えられなかった夢ややり場のない哀しみは、どこへ行けばいいのだろう。持ち主すら忘れはてた思念は。輝かしく未来を照らした日々もあったはずのそれらが、あるとき姿を持って現れる。「しゅるしゅるぱん」は合言葉。人恋しさに降りてきた山神さまの悪戯に、村人たちが言う「気付いてますよ」。見えなくても、話せなくても、そこにいるのでしょう。それは優しくてとても残酷な名前になる。「かあさんがそう呼ぶから」。ごめんね、辛くて忘れるしかなかったことも、全て含めて私だったね。しゅるしゅるぱん、見えなくてもそこにいる。

かはたれ
朽木祥 福音館書店
みなしご河童の八寸と、母を亡くしたばかりの少女、麻。朝はかはたれ、暗が明に転じゆくとき。耳に聞こえない音楽を探すあさ、目に見えない傷を月の光に晒すよる、あわいの生きもの河童猫。不具ゆえに取り残された子供は泣いただろうか、皆と共に行きたいと。落第盲導犬のチェスに、妻を看取り損ねた夫、取り残された者ばかりの家にハメルンの笛は聞こえない。けれど会えないからといって、その人はいないと言えるだろうか。聞こえる音楽は美しいが聞こえない音楽はさらに美しいと、教えてくれたその人が。夜が明けるように開かれてゆく心の物語。

冬の龍
藤江じゅん 福音館書店
読み始めてすぐ、これは男の子版「十一月の扉」だと思った。親元を離れてひとり下宿屋〈九月館〉に暮らす、十二歳のシゲル。父親とのわだかまりがあり、一癖ある下宿人たちとの交流があり、大家のおばさんとの絆がある。そして何より、ケヤキの化身・小槻二郎と雷の玉を巡る探索劇が地味ながら楽しい。シゲルの置かれた状況はなかなか厳しく、片親で息子を育てる私はどうしてもそこにわが子を重ね、息苦しくなる処もあった。けれども全体に読み味は易しく、書き込みすぎない心理劇もバランスよく読了できた。なんとも樹らしい小槻二郎の存在感よ。


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