田辺聖子

田辺聖子

私に古典の楽しみを教えてくれたのは、田辺聖子さんの「文車日記」でした。
まだまだこれからも読みたい本がたくさん。
ありがとうございました。おつかれさまでした、おせいさん。


文車日記   私の古典散歩
新潮社
古典の読書案内のつもりで手に取ったら、田辺さんの文章そのものの美しさ、語り口のたおやかさ、底にひそむ古典文学への情熱とときめきに、いつのまにか夢中になっていた。田辺さんの筆を通すと、江戸や平安や万葉の時代に生きた人びとの恋や歌が、数百年の溝を軽々と飛び越えてすぐ隣に降りてくる。なかでも磐之姫のくだりは格別。現代でも古代でも、皇室の方々への自然で美しい言葉の配慮もすがすがしい。期待していなかった平安以前のころの章もしっかりあって、それぞれ短いながらも読み応えのある六七章でした。

古典の森へ  田辺聖子の誘う
共著  工藤直子
「文車日記」がとても素敵だったのでもう少し田辺さんの古典語りを、と思って手に取ったら、こちらはカッコ笑い→(笑)の頻出する軽快さ。あまりにフランクではじめは戸惑ったけど、慣れてくるとこちらの田辺さんの可愛らしさにも好感が持てる。単語や文法にキリキリする前にこんな語りを聞かせてくれたら、学生もきっと古典を気楽に受け入れて好きになるだろうな。今回気になったのは平家物語と落窪物語、それから和泉式部の歌の数々。古典は地続きだけど近くはない、御簾を隔てた距離感で、メタファンタジーに近い感覚。これから読むのが楽しみ。

古典の文箱
古典の散文を新旧集めた本、既読もちらほら。紫式部、清少納言、和泉式部あたりは反復学習で、すっかり印象も定着してきた。古典原作にあたるのもいいけど、この辺りでそろそろ小説に手をつけてみようかな。もともと古代ファンで王朝趣味はついでだったけど、本作のおかげで江戸文学にも興味が出てきた。 杉浦日向子作品で少しは親しみもあったけど、語調を残してわかりやすく訳したものがあるなら、西鶴の五人女は読んでみたい。

隼分王子の叛乱
中央公論新社
漠然と期待していた活劇は見られなかったけど、叙情的でたいそう美しく読みごたえがあった。古代の王子らしいタケル(強烈な魅力を持つが短命の英雄)を地でいく隼別や住ノ江、美しく矯満で生気あふれる女鳥の姫、無垢でしたたかな矢田の郎女。若者たちの華やかな表舞台と、陰で手を引く老獪な大王や大后たちの暗躍する裏舞台、そのおそろしい対比。ろうたけた者の賢さと哀しさ、なによりも権力を持つことの孤独、さらには、それでもなお誰かを愛さずにはいられない、それによって救われたいと願わずにはいられない、ひとのさが。美しく烈しい物語。

今昔物語絵双紙
共著  岡田嘉夫
角川書店
なんて贅沢な1冊!田辺訳文のたおやかさ、岡田嘉夫挿画の愛嬌ある美しさ、今昔物語集そのものが持つ説話の面白さにも増して堪能させて頂きました。さりげに装丁も良いお仕事をしている、ため息が出るほど素敵な本。各話の前後に入る語り部自身のパートはおそらく田辺さんの脚色なのだろうけど、女房連や侍衆の輪に読み手の私も加えてもらえたようで楽しくなる。古典原文やまとことばのみやびやかな魅力を損なわない田辺さんの現代語訳は、いつまでも読んでいたくなる心地よさ。お話としては、一人相撲がやるせない「捨てられた妻」が印象的でした。

今昔まんだら
角川書店
文化出版社刊「うたかた絵双紙」の文庫版。岡田嘉夫さんの華麗な挿画がめあてだったけど、お話もたいそう面白くてあっという間に読んでしまった。今昔物語集、日本霊異記、御伽草子、宇治拾遺物語、さまざまな説話集からこれぞという魅力的な物語を拾い上げる。ときに愉快にときに哀切に、けれどいずれも美しく思い入れたっぷりと語る田辺さんの筆は、本当にいきいきしていて魅了される。岡田さんの描くものは天竺・震旦の男女も、情熱的かつどこか滑稽で愛おしい。絵巻物を少しずつ広げていくような装丁も心にくい。「獅子と母子」「死児に逢いに」

おちくぼ姫
角川書店
楽しくてあっという間に読んでしまった。児童書なみに平易な文章、キャラは立ってるし転回は軽快、意地悪く言えばご都合主義でベタだけど、良く言えば痒いところに手が届く気持ちのよい物語。あとがきによれば人物像など適宜田辺さんの脚色があるようで、私が惹かれた面白の駒が原文ではどんな殿方なのか気になるところ。純真で心優しいおちくぼの君は嫌いではないけれど、自力でばりばり現状打破していく阿漕の溌剌さにはやっぱり敵わない。千年前の王朝少女たちがどう読んでいたのか聞いてみたい。

おくのほそ道を旅しよう
角川書店
陸奥に歌枕を訪ねる芭蕉と曾良。その足跡を辿る田辺さんの筆は、芭蕉が愛した西行の歌や奥州に残る義経の面影へと自在に行き来する。原典は原文と現代語訳を昨年読んだばかりだが、俳諧のほか故事や漢文などの素養がなければ味わうことの難しい作品だとの印象をまた新たにした。けれど本書は決して肩肘張るものではなく、語尾の切れ味鋭い編集者妖子さん、昼食は必ずトンカツ定食のカメラマン亀さんなど、同行者とのやりとりは軽やかで楽しい。田辺さんが引く「曾良日記」や地元に残る石碑を見るにつけ、芭蕉が端折った地元の人々との交歓を想う。

ひねくれ一茶
講談社
子どもや小鳥や虫。小さきものたちへ向けられた一茶の眼差しはあたたかく、尽きせぬ興味と愛着を感じる。亡父の遺産をめぐる継母や弟との確執は、好々爺然とした句の印象を裏切るように思っていたけれど、それは少し違うのかもしれない。自身の寂しい子ども時代も、一茶にとっては愛すべき小さきものだったのかもしれない。禍福が唸りをあげる晩婚の頃までは、そんなことを考えながら楽しく読んだ。けれども、「露の世は露の世ながらさりながら」。後半は隣で眠る幼い息子の体温にすがりながら、耐えるように読み進めた。

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