6月~7月に読んだ本
6月の読書メーター
読んだ本の数:3
読んだページ数:1285
ナイス数:379
第九軍団のワシ (岩波少年文庫 579)の感想
槍と馬が戦果を左右する時代の物語。12年前に謎の失踪を遂げた軍団が掲げていたローマの象徴、黄金の鷲を求めて辺境へと向かう傷痍軍人マーカス。友人とも従僕ともつかない解放奴隷エスカ、彼が心情を語れば別の物語がひとつ生まれるだろうが、作者は黙して読み手の良心に委ねたようだ。支配側の傲慢さから自由になりきれないマーカスに覚える苛立ちと親近感。辺境への旅では何よりも少数部族の生活風景、特に成人への通過儀礼の様子が面白かった。ラストには苦味もあるが、失った先で得たものの大きさに清々しい気分で本を閉じた。
読了日:06月12日 著者:ローズマリ サトクリフ
銀の枝 (岩波少年文庫)の感想
心優しく繊細な軍医ジャスティンと明朗快活な司令官フラビウス。マーカスの系譜に連なる2人の出会いから始まった物語は、複数の皇帝が鎬を削る斜陽の古代ローマを舞台に展開する。軍団の末端にいながら巻き込まれた皇帝の交代劇、降りかかる裏切りと告発のドラマは過酷だが、明暗バランスの取れた主人公2人の信頼関係に隠微なときめきを抱く。物語の象徴を題名に冠するのは前作同様、けれどもクーレンと偉大な小男カロウシウス帝、さらにはあの滑稽で心大きなポウリヌスをも重ねる「銀の枝」には感慨も一入。次作のタイトルも雰囲気があって素敵。
読了日:06月26日 著者:ローズマリ サトクリフ
蘇我の娘の古事記 (時代小説文庫)の感想
皆で火を囲み語り手の声に耳をすませた時代、物語はその時々で形を変えるものだった。日々の憂さを忘れるために、人生の指針を示すために、誰かを慰霊し鎮魂するために。そのままでは流れて消えてしまう伝承を紙の上に留めておこうとするのは、忘れられない誰か、忘れたくないものごとを胸底に抱えているからだ。自分が死んだ後にも誰かに知っていてほしい、そこに記しておかなければ省みられることなく忘れ去られてしまう、声なき人々の魂の叫び。哀しみ、恨み、望み、願い、そこに生きていたことの証し。
読了日:06月29日 著者:周防柳
読書メーター
7月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:1863
ナイス数:512
高天原──厩戸皇子の神話 (単行本)の感想
楽しかった!記紀よりも古い成立を持つ幻の国史、厩戸と蘇我馬子が心血を注いだ「天皇記・国記」。その編纂風景を史(ふひと、文官)である船龍の目線から描く。記紀で知る物語とはひと味違うその〈原型〉、瞼の裏に立ち現れてくるおどろの夢、それらに在位中の大王カシキヤヒメを重ねてアレンジする厩戸の編集手腕。政治嫌いで本の虫、いつも角髪が歪んでいる厩戸の軽妙なキャラもいいけど、腹黒いばかりでない馬子の人間臭さがとてもよかった。厩戸の手足となり物語を収集して回った船龍、彼がその後の斑鳩宮をどう眺めたのかを思うと少し切ない。
読了日:07月04日 著者:周防 柳
雨上がり月霞む夜 (単行本)の感想
歳をとらない友と口の悪い兎の大妖に手を引かれ、医者見習いの秋成は少しずつ異界を覗き始める。後に「雨月物語」として纏められることになる物語の、これは種となる日々の出来事。記憶の隅にある原典を重ねながら、けれど本作単体でも楽しく読める。おどろしさはほとんどなく、秋成と雨月を取り巻く人々の優しさや悪口雑言を吐く兎の愉快、恐さよりも哀れを覚える妖かしたちの物語を、絶妙な匙加減で軽やかに仕上げている。晩年目を病んだ秋成の前に再び遊戯が現れ、雨月の面影を追いながら「春雨物語」を物す、なんて続編が出たらとても読みたい。
読了日:07月11日 著者:西 條奈加
無貌の神の感想
無貌の神ならぬ無貌の本ではないか、得るものも失うものもない短編ばかりだ、とため息を吐きかけた頃に出てきた「死神と旅する女」(汽車の場面は乱歩読者へのサービスか)。ああこれ、こういう読み味を期待していたんだわ。けれどもやはりまだ足りない、私の欲しい恒川さんの匂いはこれでは薄い、と燻っていたら最後に「カイムルとラートリー」、終わり善ければとはこのことか。「竜が最後に帰る場所」を読み終えたときの、はるかな思いが戻ってくる。これが恋しくて私はこれからもこの人の本に手をのばすんだろう。もちろんもう無貌の本ではない。
読了日:07月13日 著者:恒川 光太郎
滅びの園 (幽BOOKS)の感想
人は拠って立つところによって意見も善悪の基準も変わる、その自明のことを読みながら何度も実感再確認した。冒頭で鈴上に持った感情は共感や同情だったけれど、最後にはやはり嫌悪感が強かった。またこの次々に移ろう印象の奇妙な感覚を味わってみたいような、いややっぱり御免だと頭を振りたくなるような、相反する読後感を楽しむ。普段私が好む物語は根をもち巨きな何かと繋がっている印象を持つが、恒川作品は何だかふしぎな根なし草のよう。読み終えたとき感じるのは風、そこに重みはない。けれど心地好いのは漂泊への憧れがあるからか。
読了日:07月18日 著者:恒川 光太郎
金色機械の感想
金襴緞子を身に纏い、鬼の城を壊滅させる金色のアンドロイド。幾つもの人生が断片となり重なり合う先で、なんと鮮烈なこのイメージ。時代物かファンタジーかSFか、もう恒川物でよいのではという安定した世界観を今回も楽しんだ。法に任せて思考停止することをゆるさない、人治の下での善悪とは何か。境界線はいつも曖昧で、その人その時その場合によりゆらゆらと揺れ動く。極楽園がその始めは地獄ではなかったように、肉親の仇ともいつか睦みあい慈しみあう時がくる。集積回路の心臓も、硬い肌の下あたたかな死神の手に包まれる。おやすみなさい。
読了日:07月30日 著者:恒川 光太郎
こちらあみ子 (ちくま文庫)の感想
これは悲しい話だという時、悲しんでいるのは誰だろう。悲しさを悲しさと理解しないことが悲しいと言う時、言う私はどこに依って立つ私なのか。人を憐れむのは苦手だ、自分の優位を引け目に感じるから。憐れまれるのも苦手だ、甘えと反発で混乱するから。少なくとも自らを悲しんでいないあみ子に、傍観者の涙は通用しない。あみ子が他人を否定も肯定もせず疑問も持たないのは、あみ子自身が親にそうされてきたからか。諦めと無関心。私が抱きしめてみたところで、それはあみ子自身をそうしたことにはならない。己の思い込みを抱いたというだけだ。
読了日:07月31日 著者:今村 夏子
読書メーター
読んだ本の数:3
読んだページ数:1285
ナイス数:379
第九軍団のワシ (岩波少年文庫 579)の感想
槍と馬が戦果を左右する時代の物語。12年前に謎の失踪を遂げた軍団が掲げていたローマの象徴、黄金の鷲を求めて辺境へと向かう傷痍軍人マーカス。友人とも従僕ともつかない解放奴隷エスカ、彼が心情を語れば別の物語がひとつ生まれるだろうが、作者は黙して読み手の良心に委ねたようだ。支配側の傲慢さから自由になりきれないマーカスに覚える苛立ちと親近感。辺境への旅では何よりも少数部族の生活風景、特に成人への通過儀礼の様子が面白かった。ラストには苦味もあるが、失った先で得たものの大きさに清々しい気分で本を閉じた。
読了日:06月12日 著者:ローズマリ サトクリフ
銀の枝 (岩波少年文庫)の感想
心優しく繊細な軍医ジャスティンと明朗快活な司令官フラビウス。マーカスの系譜に連なる2人の出会いから始まった物語は、複数の皇帝が鎬を削る斜陽の古代ローマを舞台に展開する。軍団の末端にいながら巻き込まれた皇帝の交代劇、降りかかる裏切りと告発のドラマは過酷だが、明暗バランスの取れた主人公2人の信頼関係に隠微なときめきを抱く。物語の象徴を題名に冠するのは前作同様、けれどもクーレンと偉大な小男カロウシウス帝、さらにはあの滑稽で心大きなポウリヌスをも重ねる「銀の枝」には感慨も一入。次作のタイトルも雰囲気があって素敵。
読了日:06月26日 著者:ローズマリ サトクリフ
蘇我の娘の古事記 (時代小説文庫)の感想
皆で火を囲み語り手の声に耳をすませた時代、物語はその時々で形を変えるものだった。日々の憂さを忘れるために、人生の指針を示すために、誰かを慰霊し鎮魂するために。そのままでは流れて消えてしまう伝承を紙の上に留めておこうとするのは、忘れられない誰か、忘れたくないものごとを胸底に抱えているからだ。自分が死んだ後にも誰かに知っていてほしい、そこに記しておかなければ省みられることなく忘れ去られてしまう、声なき人々の魂の叫び。哀しみ、恨み、望み、願い、そこに生きていたことの証し。
読了日:06月29日 著者:周防柳
読書メーター
7月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:1863
ナイス数:512
高天原──厩戸皇子の神話 (単行本)の感想
楽しかった!記紀よりも古い成立を持つ幻の国史、厩戸と蘇我馬子が心血を注いだ「天皇記・国記」。その編纂風景を史(ふひと、文官)である船龍の目線から描く。記紀で知る物語とはひと味違うその〈原型〉、瞼の裏に立ち現れてくるおどろの夢、それらに在位中の大王カシキヤヒメを重ねてアレンジする厩戸の編集手腕。政治嫌いで本の虫、いつも角髪が歪んでいる厩戸の軽妙なキャラもいいけど、腹黒いばかりでない馬子の人間臭さがとてもよかった。厩戸の手足となり物語を収集して回った船龍、彼がその後の斑鳩宮をどう眺めたのかを思うと少し切ない。
読了日:07月04日 著者:周防 柳
雨上がり月霞む夜 (単行本)の感想
歳をとらない友と口の悪い兎の大妖に手を引かれ、医者見習いの秋成は少しずつ異界を覗き始める。後に「雨月物語」として纏められることになる物語の、これは種となる日々の出来事。記憶の隅にある原典を重ねながら、けれど本作単体でも楽しく読める。おどろしさはほとんどなく、秋成と雨月を取り巻く人々の優しさや悪口雑言を吐く兎の愉快、恐さよりも哀れを覚える妖かしたちの物語を、絶妙な匙加減で軽やかに仕上げている。晩年目を病んだ秋成の前に再び遊戯が現れ、雨月の面影を追いながら「春雨物語」を物す、なんて続編が出たらとても読みたい。
読了日:07月11日 著者:西 條奈加
無貌の神の感想
無貌の神ならぬ無貌の本ではないか、得るものも失うものもない短編ばかりだ、とため息を吐きかけた頃に出てきた「死神と旅する女」(汽車の場面は乱歩読者へのサービスか)。ああこれ、こういう読み味を期待していたんだわ。けれどもやはりまだ足りない、私の欲しい恒川さんの匂いはこれでは薄い、と燻っていたら最後に「カイムルとラートリー」、終わり善ければとはこのことか。「竜が最後に帰る場所」を読み終えたときの、はるかな思いが戻ってくる。これが恋しくて私はこれからもこの人の本に手をのばすんだろう。もちろんもう無貌の本ではない。
読了日:07月13日 著者:恒川 光太郎
滅びの園 (幽BOOKS)の感想
人は拠って立つところによって意見も善悪の基準も変わる、その自明のことを読みながら何度も実感再確認した。冒頭で鈴上に持った感情は共感や同情だったけれど、最後にはやはり嫌悪感が強かった。またこの次々に移ろう印象の奇妙な感覚を味わってみたいような、いややっぱり御免だと頭を振りたくなるような、相反する読後感を楽しむ。普段私が好む物語は根をもち巨きな何かと繋がっている印象を持つが、恒川作品は何だかふしぎな根なし草のよう。読み終えたとき感じるのは風、そこに重みはない。けれど心地好いのは漂泊への憧れがあるからか。
読了日:07月18日 著者:恒川 光太郎
金色機械の感想
金襴緞子を身に纏い、鬼の城を壊滅させる金色のアンドロイド。幾つもの人生が断片となり重なり合う先で、なんと鮮烈なこのイメージ。時代物かファンタジーかSFか、もう恒川物でよいのではという安定した世界観を今回も楽しんだ。法に任せて思考停止することをゆるさない、人治の下での善悪とは何か。境界線はいつも曖昧で、その人その時その場合によりゆらゆらと揺れ動く。極楽園がその始めは地獄ではなかったように、肉親の仇ともいつか睦みあい慈しみあう時がくる。集積回路の心臓も、硬い肌の下あたたかな死神の手に包まれる。おやすみなさい。
読了日:07月30日 著者:恒川 光太郎
こちらあみ子 (ちくま文庫)の感想
これは悲しい話だという時、悲しんでいるのは誰だろう。悲しさを悲しさと理解しないことが悲しいと言う時、言う私はどこに依って立つ私なのか。人を憐れむのは苦手だ、自分の優位を引け目に感じるから。憐れまれるのも苦手だ、甘えと反発で混乱するから。少なくとも自らを悲しんでいないあみ子に、傍観者の涙は通用しない。あみ子が他人を否定も肯定もせず疑問も持たないのは、あみ子自身が親にそうされてきたからか。諦めと無関心。私が抱きしめてみたところで、それはあみ子自身をそうしたことにはならない。己の思い込みを抱いたというだけだ。
読了日:07月31日 著者:今村 夏子
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