8月に読んだ本

8月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:1971
ナイス数:597

赤いペン (文学の森)赤いペン (文学の森)感想
「何か、物語はあるかい?」落とし物として現れ、記憶と心の狭間に沈んでいた物語を拾い上げては何処かへと消える赤いペン。持つ人を選びながら旅をしているというそのペンを追って、中学生の夏野は調査を始める。星々を繋いで星座を描くように、私たちは物語を欲している。生と死の間を、他人と自分の間を、繋いでくれる何かがなければ寂しくて堪えられない。私という現象を、中空に浮かんで消える一瞬の光点だと悟るのはとてもしんどい。「物語の力を信じている」いや、物語を呼吸している。それなくしては生きていけない、水や陽光のようなもの。
読了日:08月03日 著者:澤井 美穂
太陽と月の大地 (世界傑作童話シリーズ)太陽と月の大地 (世界傑作童話シリーズ)感想
優美な装丁、お伽噺めいた表題、異国の著者名。項を開いてみればそこは中世スペインの農村、信教と改宗の如何により身分が上下される世。世界傑作童話とのシリーズ名を思わず見返すシビアさ、けれど当初その格差は若者達の恋心が軽く飛び越えていけるもののように思えた。初々しい二人に洞窟の魔女は言う、太陽には気をつけろ。若き日の祖父たちが駆けていく裏表紙、向かう先には波へと沈む夕日。カトリックとイスラムが日と月だとして、それらが交わる刻もあったのだ。ならばこの波は、フランシスコとエルナンドの渡ったジブラルタル海峡だろうか。
読了日:08月06日 著者:コンチャ・ロペス=ナルバエス
七つの季節に七つの季節に感想
思い出話のような創作のような掌編が七つ、「ブレーメンの音楽隊」「七福鳥」が楽しかった。肌では知らないはずの昔、なのに妙に懐かしい。それは子どものころ読んでいた古い児童書、その中で親しんだ時代だからだろうか。マトリョーシカの中で再会する田舎の街灯、木の支柱に白熱灯の丸い光。お盆を前にして読む「夏の宝物」は母方の本家、鹿児島で過ごした夏休みが目に浮かぶ。本書ほどではないにしろ、街にも人の目端にもまだ余白のあった時代。ゆったりと水槽を横切るレッドテイルキャットの背の上で、アラビアハツカネズミが笑っている。
読了日:08月10日 著者:斉藤 洋
神隠しの教室 (単行本図書)神隠しの教室 (単行本図書)感想
小6姪のお薦め本。装丁からほのぼのしたお話を想像していたが、読んでみるとかなり重くシビアな問題を含んでいて驚いた。大勢の児童や先生が集まる昼日中の小学校、そこから忽然と姿を消した五人の子ども達。彼らはそれぞれ誰にも言えない悩みを抱えていた。<もうひとつの学校>へと閉じ込められた五人と彼らを探す現実側、同時進行で語られる物語の先が気になって一気読み。苛め、虐待、育児放棄、さらにその先にあるもの。最後に残ったあの子があらゆる感情を突き抜けて出した答え、そこに至るまでを思うと涙も凍るが、希望のあるラストに安堵。
読了日:08月12日 著者:山本 悦子
ともしびをかかげて〈上〉 (岩波少年文庫)ともしびをかかげて〈上〉 (岩波少年文庫)感想
兄妹と故郷を描写した甘美な冒頭から急転、ローマ軍の十人隊長から奴隷へと身分を落としたアクイラ。失意の底から見えた光は妹、闇は仇。けれど生きるための柱は二本とも数日のうちに折れて消える。マーカスにはエスカ、ジャスティンにはフラビウスがいたのに、アクイラのためのフラビアのなんと残酷なことか。軍からの脱走や家族を襲う掠奪よりも、愛する者の死を願わずにいられなかったアクイラの荒んだ心が悲しい。部下を仲間と呼ぶブリテンの王、アンブロシウスの元で力を取り戻すアクイラは、もはや新しい誰かかもしれない。
読了日:08月17日 著者:ローズマリ サトクリフ
ともしびをかかげて〈下〉 (岩波少年文庫)ともしびをかかげて〈下〉 (岩波少年文庫)感想
ずっと喉に引っ掛かっていた小さな固い塊がすっと溶け落ちていく感覚。思えばこれはアクイラとブリテンが生死に関わる大きな喪失に直面し、それを回復するまでの物語なのだった。ネスとの和解にフラビア、フラビアンとの和解にマルがそれと知らず関わり、凝り固まったアクイラの心を解していく。と同時にローマ軍の庇護を失ったブリテンはサクソンの脅威に対抗するため、一つの旗の下に諸部族の力を結集する。サトクリフ作品に言われる人生と歴史の巧妙なリンクが前二作よりずっと顕著、なんて緻密で地道で鮮やかな。鳥の声と花の香りが記憶に残る。
読了日:08月19日 著者:ローズマリ サトクリフ
ローズさん (フレーベル館 文学の森)ローズさん (フレーベル館 文学の森)感想
「赤いペン」がとても良かったので同じ作者のものを探してみたら、文学館の二人に再会できて嬉しい限り。今回もきっと仕掛けがと身構えてしまったせいでラストに驚きはなかったけれど、それでも<お気に入り>本棚に迷いなく追加したのは、やはり本作でも<物語>への姿勢に共鳴したから。都市伝説の調査はそのまま民間伝承の伝播の過程で、民俗学好きの血が騒ぐ。けれどもそれ以上に文学のあり方、書かれたものだけが文学ではないという言及に胸を打たれる。私はそれを物語と呼び換えて深く頷く。そうだ、書かれたものは物語の一部でしかない。
読了日:08月23日 著者:澤井 美穂
迷家奇譚迷家奇譚感想
夏休みも終わり近くになると無性に怪談が読みたくなるのは、それが挽歌と音を通じる頃合いだからか。日差しの厳しい盛夏は前向きな力が強すぎて、幽霊も妖怪も姿を眩ます。けれども私は怖がりで本格的なホラー小説は苦手だから、思い出話や民俗学に寄り道していく本書の気ままなスタイルは心地好かった。扱う民俗ネタや猟奇事件は既知のものが多かったが、冒頭の遠野旅行や息子さんとのエピソードなど、随筆か創作か曖昧な一連の文章は雰囲気があり面白かった。次はもっと目新しいものを、この淡白な文体を崩さずに書いてほしいな。
読了日:08月25日 著者:川奈 まり子

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