銀河英雄伝説 藤崎竜版

銀河英雄伝説
原作 田中芳樹
漫画 藤崎竜
集英社


1
原作未読、正直タイトルには惹かれない。初読時は駆け足に感じたラインハルト幼少期、再読するとキルヒアイスが策士呼びされてたり、ラインハルトが喧嘩っ早い肉体派だったりと後々とは印象が真逆で面白い。アンネローゼのいた期間の短さ、初めての宇宙空間に感動するラインハルトの純粋さが美しく儚い。人ひとりの肩には余る権力を負う皇帝の姿はある意味圧倒的で、底知れない瞳の暗さにぞっとする。テンポの速さは掲載誌ゆえだと知りながら、人物の基盤となる重要なこの時代をもっとゆっくり堪能したかったと思ってしまう。


2
目のアップ絵が多いと思った後、いや待てこれは週刊連載だと気付く。ラインハルトにかける手数よ、髪も瞳もキラッキラ!断熱服や乗機のデザインが藤崎節でとても好き。なめらか流線型撫でてみたい。初見が白黒だったからか目死んでて怖えーわと構えたもう一人の主役ヤン登場、思ってたよりまともで安心。ユリアン少年可愛い!お話はハルトキルヒの初陣、カプチェランカもっと長軸でお願いしたかった。快進撃の陰で涙する者の存在を忘れない、叫ぶハルトは15歳。若い。最後に、地位高い夫人方の肌露出の高さが気になるよ、帝国後宮!


3
同盟側から見たラインハルトの曲者っぷりにゾクゾク、ヤンの切れ者っぷりにワクワク。昭和臭いビッテンフェルト(帝国)と胡散臭いホーランド(同盟)の対比に唸り、悲運の秀才ワイドボーンにうっとり(お顔が好きよ)。ゲーム音痴にも一目瞭然の戦況解説が有り難く、それら全てを吹っ飛ばしかねない要塞主砲に戦慄する。お気に入りのフレデリカ嬢とシトレ校長も今巻で登場、キャラクター増えても印象被らない作家さんの描き分けスキルに脱帽する。帝国同盟双方負けてほしくないアンビバレントな魅力を楽しむ、さあ本番はまだこれから!


4
ミュッケンベルガー元帥、明治の日本で国家元首してそうなお顔。ロボス元帥、前巻で兵力出し惜しみして取り逃がしたラインハルト軍を、今巻では罠と知りながら深追いして甚大な被害出す。ヤンの(グリーンヒルの)忠告聞いてればと思う反面、それだとラインハルト危ないとこだ。ホーランドとフレーゲルは胡散臭くて鬱陶しいけど、美学持って筋通してくるとこは好き。シュザンナは深窓のというよりは快活そうで、すっかり陣営に取り込まれてるコルヴィッツが面白い。お留守番キルヒは瞳の暗さより胸板の厚さに目がいく、昔は細かったのに!


5
ホーランドの見事な散りざま、旗艦ブリュンヒルトを得たラインハルトのいっそ無邪気な喜びよう、その初陣に泥を塗る大貴族の陰謀、等のラインナップの中やはり特筆すべきは双璧の登場。表紙のロイエンタール様の美しさには思わず様付けしたくなる。雨の夜道に跪く姿、命ではなく協力と忠誠こそ懸けるに値するという自負、それを貸し借りではなく勝ち取ると評したラインハルトも侠気あるし、もうなんなの。年長者である双璧が若き才能ラインハルトに仕えるという構図もいいしミッターマイヤーへの友情も含め、藤崎作画の繊細な美に陥落。


6
メルカッツ大将、ジェシカ登場。今巻ハイライトのラインハルト軍敵前大行進が、次巻の(ある意味)敵前大行進に繋がるように思えて、状況は真逆なんだけど正々堂々超爽快なところは一緒なのが面白い。ついでに4次ティアマト凱旋ラインハルトを出迎えた花道もこれに重なるし、なんならあの時の双璧+ビッテンのドヤ顔三兄弟もかわいい。しかしビッテン毎回軍服の袖引きちぎってるわけじゃないよね?地味に気になる。キレッキレでキラッキラのラインハルトさま実年齢、文字での成年表記よりキルヒとの何気ないやりとりに出てて愛しいなあ。


7
オーベルシュタインとヒルデガルド登場、フレデリカ着任。ブリュンヒルト初陣、フレーゲルの横槍とヤンの奇策のせいで終始ぱっとしなかった印象。帝国同盟の総人口は如何程なのか、戦死者の規模えげつないし軍事費も推して知るべし。独裁めいたトリューニヒト派の権力下にあるとはいえ反戦派はもっと大きな勢力でよさそうだし、民衆も思考停止しすぎでは。このへん原作気になる、端折ってるだけなのかな。イゼルローンも要衝中の要衝なのに警備ザルすぎ、要塞主砲はゴツいにしても懐入られる想定くらいしてるでしょうに。やや消化不良。


8
表紙のオーベルシュタイン、不気味でいいなあ。後々のことがあるので含みは持ってしまうけど、彼自身は嫌いじゃない。ただ気になるのは怒りの矛先とその範囲、初代皇帝と帝政だけに向けられたものなのか微妙だな。ラインハルト麾下に加わるためとはいえ歴史ある家門の全財産を懸ける負の情念は尋常じゃない。キルヒアイス単独行はもっと魅せてほしかった、せめて品位ある相手がよかったよー!けれどもここにヒルデガルドが加わったことの意味を思うとその巡り合わせが辛い。と、感想はつい帝国寄りになるけど内容は同盟メインでした。


9
滾るーーーおもしろい!!ロイエンタール対ビュコック、ヤン対キルヒアイス、ウランフ対ビッテンフェルト!「胸をお借りする」見えない敵へと礼をとるロイエンタール、散りゆくウランフへ敬礼するビッテンフェルト。敬意に値する敵将に相対したとき表れる美学、胸熱いったら。派兵決定した同盟の流れは胸糞悪いけど、本人不本意とはいえヤンの戦線復帰は嬉しいし、旗艦・幕僚・参謀の揃ったラインハルト軍はまさに圧巻。ヒス准将の退場と冷血参謀の作戦終了、ヤンVSラインハルトの本領発揮アムリッツァ会戦へ向かうところで今巻終了。


10
アムリッツァ収束、再読して短さに驚いた。それだけ印象濃かったみたい。帰還後の帝国で「夢は見足りて?」後宮へ入ったいつかの幼いアンネローゼに、「私はまだ夢を見足りてはおりませぬ」答える青年ラインハルトの見据える先は、すでに復讐などではない。オーベルシュタインの言う、聖域を持たず私情と無縁な覇者とは果たして人間なのか。少なくとも私はそんなラインハルトは見たくない。アンネローゼは言う「ラインハルトが間違った道を進みそうになったら叱ってあげて」ビッテンフェルトのために微笑み、キルヒアイスを思って俯く。


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ラインハルトVS大貴族、リップシュタット戦役。幼くも凄烈なあの決意から10年と少し、皇帝は去り姉は解放され状況は変わったがこれはもう宿命なのか。永年の腐敗で腑抜けと化した貴族の戦には対同盟時のような高揚感はないが、そのぶん双璧の洗練が際立つ。後半キルヒアイスの辺境平定、再読組としては気の重い展開に近付いてきたがここで目は離せない。提督を慕う部下たちの心酔ぶりにオーベルシュタインのNo.2不要論が重なり、本来微笑ましい筈の姿に不穏な影を見てしまう。あと認めたくないけどアンスバッハ格好いいわ。。


12
「俺が手にいれるものはどんなものでも半分はおまえのものだ」ヴェスターラントの悲劇を少なくともキルヒアイスはすでに共有していた、だからこそオーベルシュタインを遠ざけようとした。けれどそれを半身からの弾劾と受け取ったのは時折表れるラインハルトの未熟な感受性。「ラインハルトが間違った道を進みそうになったら叱ってあげて」けれども「おまえは俺のなんだ?」これは質問ではなく突き放す言葉だ、キルヒアイスにはあれ以外に返せる答えはなかった。そしてその答えがさらに半身との溝を深めることになる。暗澹。


13
通過儀礼的なものかと思っていたのに。本を置いて黙考する。最期まで取り乱すことなくラインハルトのために動いた彼の個人的な独白「天使かと思いました」に胸を掴まれる。こうしてみるといつも彼は父親のように深い眼差しで、親友のように遠慮なく、部下としては律儀かつ忠実に、兄弟のような距離からラインハルトをみていた。けれど心の基底部には初対面のあの鮮やかな驚きがあったのだろう。半身の間に、この信仰のような純真さはキルヒアイスだけのものだろうな。目的を知ればその死が計略に使われることにすら頷く、それが彼だろう。


14
同盟内乱の巻。敵ながら見事なトリューニヒトの世渡りに、この人の最期はどんなだろうと想像するのは、ラインハルトにとっての最大の敵と最大の味方のそれを見たばかりだからか。どう考えても味方に寝首をかかれるか背後を刺されるかだろうけど、そうまでして手にした権力で結局何を成したいのか、見届けたい気もする。同じように気になるのはオーベルシュタインで、この二人はラインハルトとヤンに並べて対比したくなる。軍物を読む時はいつも個人の中の公私のせめぎに耳をすませる、戦の行方よりも目を見張るドラマはいつもそこにある。


15
ユリアン初陣、いつもの艦隊戦や前巻での市街戦とも違う戦場での一場面。緊張高揚的中麻痺のち素に戻る感覚、恐怖被弾でも冷静に脱出していた少年ユリアンの適性がこわい。悪夢の現場に独り座り込むラインハルト、ヒルデガルドを傍に置くのは親友と姉の面影を重ねてのことか。けれどそこにはヤンに対するフレデリカほどの日差しは感じられず、項垂れた肩に置かれる手の不在がただ寒い。一方不遇のヤンは査問という名の囚われ人、この人そろそろストレスでハゲてもおかしくない。フェザーンに気をとられつつも展開はド派手に要塞対決へ。


16
大勢の兵と共にヤン奪還へ向かうフレデリカとビュコックは、ミッターマイヤー救出時のラインハルトとキルヒアイスみたい。対するヤンの謝辞はぎこちなく、むしろ次の「帰ろうか」にこそ万感の思いが聞こえる。あの打開していく逞しさに目を覆われがちだけど、苦難の人であることはフレデリカもヤンと同じなんだよね。職業軍人としての仕事ぶりが好きな彼女だけど、この時はうら若き乙女の顔が見えて少し切なく眩しかった。かつて憧れた上官が、いつのまにか共に幾度も死地を潜り抜けた戦友となっていたような感覚。ぐっときちゃうわ。


17
ケンプ!ミュラー!キャゼルヌ先輩!ユリアン!誰にも欠けて欲しくないしどちらにも負けて欲しくない、アンビバレント!でもこれが銀英、だからこそ面白いのだけど。軍人の家庭描写はフラグにしか見えない中、明暗分かれたケンプとキャゼルヌ先輩が皮肉。キルヒアイスからヒルデガルドへ受け継がれた語り手の役割、けれど心を見せる相手にはやはりなり得ない。あなたには未来があると言ったのは姉、それはまだ変わらないはずなのに。物語は要塞対決収束から幼帝誘拐そして堂々たる宣戦布告へ、もうこれクライマックスなんじゃないの??

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